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Mad Clown  作者: 彼方わた雨
chapter 2 ~少年~
11/95

-11:願う少年-

「総司令官殿が増援の騎士を直々に指名するなど、珍しい事もあるのですね」

「いつもは俺に任せていたからな」


 この部屋は赤い絨毯が敷かれ、置かれている家具は木で作られた高級感あるものだ。そこにいるのは2人の若い騎士。

 1人はソファに腰かけ、テーブルを挟んで家具と同じデザインの椅子に座ったもう1人と話をしていた。テーブルの上には冷めてしまった紅茶の入ったティーカップが2つ並んでいた。


「俺も着任して間もない。以前はそういった事があったかもしれないだろう? たった1年指名なされなかっただけの事だ。気にしてない」

「騎士団長殿がそう思うのであれば、構いませんが」


 1人の騎士は、ソファから立ち上がると、大きく伸びした。


「さて、皆の様子を見てくるとしようか。行くぞ、ジルファ」

「分かりましたよ、騎士団長殿」



―11:願う少年



 豪勢な佇まいの屋敷。広い庭、隅々にまで行き届いた手入れは素晴らしいと誰もが言うだろう。季節ごとに咲く花はアエルも好きだった。

 日がだいぶ傾き赤かった空も暗く、黒くなって来ていた。アエルはそんな空の下、自身の家の前でただ、立っていた。アエルはこの綺麗な自分の家が、多くの涙と血で成り立っている事を悲しく思った。犠牲を出すことでしか、作る事が出来なかった仮初の美しさ。それが今、ひしひしと彼の身体に感じられる。


 初めて分かった、自分のしている事、父親のしている事の過ちを。こんなになってしまってからでは遅かったと、アエルは思ったが、気が付かないままこれからを生きていくよりはましだと思った。もし、自分が今、気が付かなければ、アエル自身も取り返しのつかないところまで言ってしまっていただろう。


 そこで、アエルは考えていた。父親は取り返しのつく身なのか、と。

 答えは簡単に頭の中に浮かんだ。しかし、それを認めるのが怖かった。

 父親が変わってしまったのは、母親が死んでしまってから。何かに囚われたように金に執着し、家族の事などどうでもいいように犯罪に手を染め始めた父親。それに気が付いた時には戻れぬところまで来てしまっていた。


 アエルの事など見向きもせず、目の前にある金の為、人の人生を奪い取って、捻じ曲げた父親は決して許せる人間ではなくなってしまった。

 そんな人間の末路は幸せなものであっていけない、アエルはそう考えた。


「……アエル、お坊ちゃま?」


 屋敷の前にいつまでも立っているアエルを心配そうに、1人のメイドが窓から顔を出し、声をかけた。


「ローズさん。あの、話、ですが……」


 アエルは窓から顔を出す、メイド、ローズに何か言おうとしたが、次の言葉が紡ぎだせなかった。今まで距離があったはずのローズが目の前にいたからだ。

 彼女の青々とした左目と赤々とした右目がアエルを捕えて離さなかった。


「ここではいけませんよ、アエルお坊ちゃま。内緒、の話ですからね」


 アエルの口元に人差し指を当てたローズが微笑んだ。その微笑みが昼間に見たルーナの微笑みとは違い、冷たさしか感じられなかったアエルは急に恐ろしくなった。


「とりあえず、中に入りましょう? お食事を用意しておりますよ」

「分かった」


 アエルはローズに連れられるまま屋敷のなかへと入っていった。



 食事は大きなテーブルに並んでいた。それも、たくさん。1人ではとても食べきれる量ではない。ため息を吐いて椅子に腰かけると、反対側に父親である、エイクドが座っている事に気が付いた。夕食だけは姿を見せるエイクドだが、アエルより先にいる事は珍しかった。

 エイクドはすでに食事を始めているようで、アエルもナイフとフォークを手に取った。


「父上、珍しいですね、私よりもお早いとは」

「……今日はこれから大きな取引がある。早めに食事をとろうと思ってな」


 取引、という言葉にアエルは肩をびくっと震わせる。そして、父親を睨むように見る。


「父上、もうお止めください。人の幸せを奪う事な――」

「黙れ!!」


 エイクドの声が響き、アエルはいったん、口を閉じた。

 大声を出すエイクドを初めて見たのだった。それでも、アエルは退く事などできなかった。


「お願いです! 父上は間違っている。どうしてそこまで、どうしてです!?」

「お前は分からんでもいい。ただ、黙っていればいい!」

「私は、私は……父上、あなたにこんな事をして欲しくないのです……」


 かちゃりとナイフとフォークが置かれた音がしたかと思うと、エイクドは立ち上がって部屋から出て行こうとしていた。アエルも立ち上がり、追いかけて、父親を止めようとその腕を掴んだ。


「父上」


 真っ直ぐと向けられた視線にエイクドは怪訝そうな顔をした。


「金が無ければどうにもならない。金になるものが転がっていたのなら、拾って売ってやるのが一番ではないのか」


 冷たい、その瞳から、もう、心など見えなかった。

 エイクドを引き留めていた、アエルの腕は、力なくぶら下がった。引き止めるものがなくなったエイクドは部屋から出ていった。

 目の前で扉が閉じられる寸前、アエルはぽつりとつぶやいた。






「……父さんは、死んだ方が、いい」






 扉が閉まって間もなく、ガシャン、と何かが割れる音がした。



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