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二つ名のクーン  作者: アブドゥルラフマン友松
第一章・ホトリ村のクーン
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第五話・ミウタ

 風を感じていた。空気の流れとはまた違う風だ。それは僕の頬を軽く撫でると前髪の前でくるくると回ってどこかへと飛んでいった。目で見たわけではない。ただ、そう感じる事ができるだけだ。

「ほう……いや、お前さんほどミウタゴエが大きい奴も見たことが無い。良かったなぁ、精霊サンに気に入られとる」

「えっ、今何か横を飛んでいったのが精霊なんですか?」

「お前さん……まさか実体を感じられるのか!」

 急に猟師が大声を出したせいで僕とリカルドは飛び上がるほど驚いた。

「凄く変な感じです。まるで空気が二種類あってその中を泳いでいるような……」

「そりゃあ、素質があってもお前さんは水に手を突っ込んだことが無かったからな」

 猟師の言葉に小首をかしげていると、彼は説明を続けてくれた。

「今、お前さんが感じている空気のようなモノ……これは山言葉でミウタというんだ。山言葉というのは猟師が使う言葉だと思えばええ。ミウタを感じるというのは、耳が聞こえん奴に音を、目が見えん奴に光を教えるようなもんだ。お前さんにも感覚は無かったが、どうやら素質はあったらしい。将来は実体を感じるどころか見ることすら出来るかもしれんな」

 ……まさか自分にそんな力があっただなんて。

 不思議な感覚はまだ続いていた。体の内側で周囲の……この小屋の中の『流れ』を感じているような気持ち悪い感覚。平気な顔をしているリカルドが羨ましい。それとも、いつかはこれにも慣れるんだろうか。

「普通、猟師の人は……ミウタっていうんですか? これを感じられるものなんでしょうか。それとこれって何かの役に立つんでしょうか」

 猟師は手に持っていた兎のなかから、また別の小さな丸い臓器を切り取ると僕たち二人に「付いてこい」と言って小屋の外へ出た。僕たちが小屋から出ると、彼は何事か祈りの言葉のようなものを山に向かって捧げ、それを言い終わると兎から取り出した何かを小刀で二つに切り分け、まず左に、そして右に放って投げた。その時、また風が吹いた。

「その風を感じられる奴は猟師にも滅多におらん」

 僕の心を読んだかのように猟師は言う。

「普通の猟師は何も感じん。得物のミウタを山に返したり、罪穢れを祓って山に得物を呼ぶような儀式を意味も分からず惰性でやる。要するに精霊サンがやってくれとることを、信じてはおらんのだ。幸い儂は少しは感じられるのでな、そんな阿呆共のようにならんで済んだが」

「もしかして、一人で狩りをしてるのって……」

「ミウタは猟師だけが感じられるモノじゃねえ」

 彼は僕の言葉を遮って続ける。

「ミウタとは御歌であり、深歌であり、神歌である。大地の果てまでも、その先の海の果てまでも続く永遠の摂理の一部だ。……というのはお師匠の受け売りだがな。とにかく、ミウタってのはどこにでもある。ただの村人でも感じれる奴は感じれるし、中にはミウタを操るほど力が強え奴もいる。そういう奴らは里の言葉で錬金術師とか、魔法使いと呼ばれとるな」

 錬金術師、魔法使い……。初めて聞くその言葉に、僕は神秘的な響きを感じた。

「……とまあ、猟師としての心構えってのはまぁこんなもんだ。お前らに儂の技を教えてやる」

「俺たちに教えてくれるんですか?」

「ああ、お前ら里モノにしちゃあ見所があるでな。お前ら全員何人で狩りをしとるんだ?」

「俺たち含めて七人です」

「よし、じゃあ儂が直々に教えに行ってやろう」

 リカルドが一瞬たじろいだ。異様な風体の猟師が僕たちのグループに加わる、というのに抵抗を感じたのかもしれない。

「いえ、いえ、そこまでは……俺たちは獲物を捕まえてここに売りに来るだけで十分なんで」

 猟師はリカルドの言葉に大きくため息をつくと、すーっ、と息を吸い込んだ。

「狩りをなめるなっ!」

 爆発のような声に思わず耳を塞いだ。

「お前らみたいなド素人に狩りを任せられるか! クサリミウタが溜まったらどうするつもりだ、怪我をした時の対処は? 毒草の見分け方は分かるか? ええ? わからんだろう? 相手を殺して糧を得ようと言うんだ、お前らも殺される覚悟でやれ。獲物の命を奪うことの意味を百ぺん考え直せっ!」

 これはもう選択の余地はなさそうだ。僕とリカルドは平謝りに謝り倒し、丁重にお願いした。そこでようやく猟師は納得して落ち着いてくれた。全く、先が思いやられる。

「じゃあ儂は当面の道具をまとめるから、お前らはここで待ってろ、待ってろよ、逃げるなよ!」

 振り返りながら念押しして猟師は小屋の中へと入っていった。

「なんで……こうなったんだ?」

 リカルドは脱力しながら天を仰いでいた。

「いやぁー……挨拶と、あと狩りの仕方を教えてもられればラッキーぐらいのはずだったんだけどねぇ……」

 と、二人顔を見合わせて苦笑いする。

「でも俺は嬉しいよ」

「何が?」

 真面目な顔をしてリカルドは続ける。

「あんな偏屈そうな猟師のおっさんにだけど、クーンが才能あるって言われて俺は嬉しかった。俺はずっとお前に凄い力があるって信じてるんだよ。あのグループだって、クーンの発案で、クーンが中心だから、皆まとまって動いてるんだから」

 ……知らなかった。リカルドがそんな風に僕の事を思っていただなんて。正直買いかぶりすぎだろうと思う。僕は今まで何をしてきたか、断じてたいしたことはしてきていない。それなのに、僕はこれだけの信頼を寄せられている。彼の気持ちに応えてあげられるような、立派な人間にならなくちゃいけない。僕は心の中でそう誓いながらリカルドに右手を差し出した。

「こんな僕で良かったら……これからもよろしく頼むよ」

 リカルドは笑顔で僕の右手を握り返した。そのまま僕の体を引き寄せて抱きしめながら左手で背中を叩く。

「うわぷっ」

 急に胸を圧迫されて息が詰まった。リカルドはこうスキンシップ過剰なところがある。それでも僕は悪い気はしなくて、こういうのもアリかな、とリカルドに任せていた。


 猟師は小屋に戻ると熊の毛皮を下ろし、並べられている道具を一つ一つ確認しはじめた。その中のいくつかを壁に掛けていた大型の背嚢に入れていく。吊り下げていた乾し肉を取ろうとした時、閉め切られた小屋の中で風が吹いた。驚いて猟師は振り返ると、片膝を付いてその場にひざまずいた。

「これは……このような場所に『影』とはいえおいでくださるとは」

 猟師は小屋の一角の何も無い場所に向かって最大限の敬意を示していた。まるでそこに誰かが立っているかのように。

「……はい、セルディウスの落胤と接触いたしました。当初の予定とは大きく異なりましたが」

 ――。

「はい、彼と行動を共にし、異変があればそれを抑えるよう務めます。……はい、それは勿論。彼が北部同盟や禁国が求める『答』かどうか、注視していきたいと思います……。それではまたお目にかかれますよう、選帝侯猊下」

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