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二つ名のクーン  作者: アブドゥルラフマン友松
第一章・ホトリ村のクーン
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第四話・猟師(2)

 そこは小さな沢のすぐ隣にあった。クヌギの木が生い茂る山の中で、まるでここが山と人里の境界線だとでも言うかのように、その小屋はあった。山の猟師の家だ。木造の小屋は僕らの目には少し手狭に見えたが、一人で生きて行く分にはきっとこれで十分なのだろう。

「お前ら、なにもんだ?」

 後ろから突然声がかかり、僕とリカルドは驚き振り返った。白髪交じりの長髪の老人がそこに立っていた。彼の背中には巨大な獣の毛皮が覆い被さっていた。いや、それは毛皮のマントだった。彼自身で仕留めたのだろうか、こんな獣を仕留めるなんて……きっと凄い腕なんだろう。

「あのっ、突然すみませんっ」

 リカルドが先に口を開いた。

「私達は麓のホトリ村の者です! 麓の森の方で、猟をやろうと思いまして、どうか色々教えていただけたらと……」

 リカルドの言葉を聞きながら僕は固まってしまった。白髪の猟師の右手には大きなナタのような刃物があり、それには血が付いていた。黒く日焼けした顔から覗く目は心臓を捕まれそうな迫力があった。筋骨隆々としたその外見からは、一生を狩りに捧げてきたに違いない人間の凄みを味わった。

「その兎は、お前らが仕留めたんか?」

 その兎とは僕が持っている二羽の兎だ。手土産になるかと思って持ってきていた。さっき殺したばかりでまだ内蔵も抜いていない。

「ええ、はい、そうです」

 うろたえ気味に僕がそう応えると、彼はなぜか、ふん、と鼻を鳴らして背を向けた。

「家に入れ」

 有無を言わせない口調だった。まさか僕たち、とって食われたりしないだろうな……?

 言われるがままに猟師に続いて小屋の中に入る。中は思ったより薄暗く、弓矢、山刀ほか大小様々な道具が並べられていた。臭いは酷くなかった、ただ猟師の体臭だけだ。

「その兎がホナワッてねえところを見ると、お前さんらまるっきり素人だな。なんでまた猟師の真似事なんぞしようとした」

 ん? 今のは……? ジグラズィ人の猟師の方言だろうか? 僕とリカルドはお互いに顔を見合わせた。リカルドも何を言われたか分かっていない様子だ。とりあえず質問に答えよう。

「俺たちは……新しいことをしたくて。兎とか狩ってお金に出来たらなと思って……いや、あなたの狩り場は邪魔しません、村の近くの森で兎を狩ったりしたいんです。駄目でしょうか?」

 猟師は僕たちの話を聞くと、ゆっくり腰を上げて小屋の隅に吊るしてあった革袋を持ってきた。フタを外して一口、二口それを呷ると、ぷはぁっと息を吐いた。

「駄目な訳があるかい、儂は借りとるだけだ。儂はただのワタリだで人様の狩りにどうこう言う事はできん」

「は? 借りる……というと、誰から? 国からですか? それともここらの山が全部ホトリ村のモノなんですか?」

「違う、阿呆かお前らは。お前らの国の精霊サンが見守っとる森や山で、余所者の儂が好き勝手出来ると思うのか?」

 もはや何を怒られて何を言われているのかサッパリ分からなかった。正直かなり帰りたい。しかしここで話を聞かないと、多分今まで七人でしてきたことは全部無駄になる。馬鹿と言われようと阿呆と言われようと、ここは聞いておくべきだと、僕は心の端っこの方で信じていた。

「すいません、何を言われているのか全然分かりません。全部教えてくれませんか、精霊ってなんです? 幽霊?」

 あけすけな言い方に猟師以上にリカルドの方が驚いていた。

「……お前さんら、村に神殿はあるだろ」

「ええ、そりゃあります」

 当然だ、神殿が無ければ出産後の保育は出来ない。子供は生まれたらまず神殿に置かれ、神官や巫女に守られながら眠り続ける。そして、やがて目を開き、覚醒する。何日間で覚醒するかは個人差があるけれど、この儀式をきちんとやっておかないと子供に障害が残ったり、最悪死んでしまったりする。産まれるまでが苦労の半分、目を開くまでが苦労の半分とは昔から伝わる諺だ。

「神殿で祀っとるのはお前さんらの国の神様だ。神様は沢山の目に見えない精霊サンを使ってお前らを見守ってくれとるんだ。親は何も教えとらんのか?」

 いえ、まぁ、あんまり。そんな態度が滲み出ると猟師は心底残念そうにため息をついた。

「お前さんらはイノシシを見たことがないだろう」

「イノシシって何ですか?」

「野生のでかい豚と思え。豚は分かるな? よし、ここいらじゃイノシシは多いんだ。が、お前らはイノシシを知らん、というのは、お前らの地元の精霊サンがこっち来るなこっち来るなとイノシシに言うとるんだ、な。だから追い出されたイノシシはみんなジグラズィに来る。それで儂らワタリが狩りに行くんだ。儂ははぐれ者だからもう行かんがな……。兎に角だ、真似事だろうと何だろうと猟をするなら精霊サンを信じろ。儂らは借りとるだけなんだ、ほれ、その兎よこせ。山に返したる」

 漁師にそう言われて、言われるがままに兎を渡す。猟師は何やら兎に向かってブツブツとつぶやくと、小刀を取り出して兎の腹を裂いた。そして小さな内蔵の一つを取り出すとそれに切り込みを入れた。その瞬間、閉め切られているはずの小屋の中で突風が吹いたような気がした。猟師はまたブツブツと何事か呟くと顔を上げて僕たちの方を見た。

「どうだ、何か感じたか」

「いや、全く……」

 僕はえっ、とリカルドの方を見た。全く? 今の風を感じなかったのか? 不思議そうな顔をする僕を見て、猟師はニヤッと笑った。初めての笑顔だった。

「ふん、どうやらお前さんの方が素質はありそうだな」


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