第十三話・手紙(5)
「マルバシア様、そのような物言いは……」
「いいじゃない、貴方しかいないんだから。それで、ウチからの手紙はないの?」
「一通ございます。アイザック湖周辺と英雄騎士団の調査報告書です」
ウチとはナシジウム一門の私兵達の事だ。昼間に受け取った手紙同様、ナシジウムは今回の遠征に一門の庇護者の力を使うつもりだった。彼らは保護者であるナシジウム一門の者に協力する義理がある。強制ではない。だが時として信義のつながりというものは法よりも強く作用する。彼女は手紙を受け取ると、封蝋を取って手紙を読み始めた。
「アイザック湖周辺に敵影なし……か。まだあの使者の連絡が着いてないのかもしれないわね。次は英雄騎士団についての情報ね。周辺の村で調査した結果によると、彼らは地元の若者が集まって出来た私兵集団のようね。ただしかなりタチの悪い種類の。誘拐、強盗何でもあり。集めた金を餌に人を集めて、でかくなった勢力で更に手を広げて……という具合に拡大していったようね。非武装の構成員を含めると約一〇〇人が所属しているのではと、この報告書は書いてあるわ。彼らの拠点は……ガドア砦?」
「ガドア砦? まだ現存してたんですか?」
「歴史の授業で一回聞いたっきりで存在も忘れてたわ。最悪一〇〇人を相手にするとなると、やはり三〇〇騎を傷物にするのは……ああーっ、また腹が立ってきた」
「でも使い物になるんでしょうか? そんな古城」
「初代副帝が建造したとされる主塔部分周辺はまだ健在らしいわよ。何か変な魔法でもかかってるんじゃないのかしら」
「そんな膨大なエーテルを費やしそうな事をするほどの場所なんでしょうか?」
「……さあ?ま、何はともあれ勝ち抜き戦が極力大人しい形で終わることを祈るわ」
マルバシアの祈りは届かなかった。翌日明朝、行軍ののち逗留した村でまた勝ち抜き戦が行われた。最初三〇〇だった挑戦者は一五〇となり、今日で七五になった。怪我人は増えて重傷者も出たが、試合の白熱する様を楽しむ辺境伯の気は変わらなかった。次の日は七四人が戦い三八人がとなった。三日目の夜の事である。その日は満月だった。
「マルバシア様、お手紙が届いております」
「なあに? 眠くて仕事したくないんだけど……」
「地元民からの手紙です。宛先は討伐軍の隊長、差出人の名前は『同胞団のクーン』と書かれています」
同胞団……? 聞いたことのない名前だと思いつつ、彼女は手紙を手に取った。一応封蝋も確認するが、頭文字らしき二つの文字をあしらっただけの単純なものだった。有力者でもない本当にただの地元民。
マルバシアは手紙をろうそくの火にかざして火を付けると、灰だけの暖炉に放り込んだ。
「よろしいのですか?」
「いーのいーの、どこで聞きつけたのか知らないけど……市民の言葉にいちいち耳を傾けてたらキリがないわ。言いたいことがあるなら直接来ればいいのよ……じゃあ、おやすみ」
そういって彼女は従者を下がらせた。
次の日の夜も試合が行われた。一九人が勝ち残った。兵士達は誰が勝ち残るか、そして誰がマルバシアに勝てるのかで賭けを始めた。彼女の副長も有力候補の一人だったが、勝ち抜いてもマルバシアに剣は向けないだろうと、あまり人気はなかった。月は十六夜、この日も従者が「同胞団のクーン」の手紙を持ってやってきた。
「燃やして」
従者は言われたとおり手紙を燃やして捨てた。
更に次の日は行軍もなかった。アイザック湖から一日内の距離にまで近付いているからだ。なので昼間のうちに試合が行われ、残る挑戦者は一〇人となった。
「マルバシア様……お手紙ですが」
「またアレ?」
マルバシアはベッドの上で寝ながら答えた。仮病を使っている以上あまりおおっぴらに外へ出られず暇をもてあましている。アレとは同胞団のことだ。
「はい、しかし」
「燃やして」
「しかし、この手紙は最初の手紙と同じ日に出されたようなのです」
彼女は身を起こして従者の方を向いた。
「どういうこと?」
「この手紙を持ってきた使者が聞いてきたのです。……自分よりも先に来た使者がいなかったか、と。同じ手紙を三人に持たせたそうです……万全を期すために」