第十二話・準備と異変(7)
「ダメだ!」
その声のあまりの大きさにメイトとクーンは驚いて目を丸くした。
「いや、そのなんていうか……ダメだ!」
「テグゼン、そうは言っても……」
「三日! いや二日待ってくれ、必ず何か聞き出してみせるから」
言うが早いか、テグゼンはその場を離れてリウムのいる寝室の方へと走っていく。
「……なぁクーン氏。尋問って本気?」
「いや」
「なんでまたあんな事を……」
「テグゼンがリウムの事好きらしいから、ちょっと背中を押してやろうかなって」
「ちょっとどころかすっ飛んで行ったような……。じゃあ、母君の容態は?」
「そこは残念ながら本当。落ち着いてはいるけど血を吐いたし、しばらく安静にしておきたい。偏頭痛が一番の目安なんだけどそれほど酷くなってないから大丈夫だと思う」
「じゃあ、討伐軍は?」
クーンは少し返答を保留してからメイトを家の中へ手招きした。促されるままに椅子に座る。
「不自然だなと思ってるのは本当だよ。本当にサーシャ嬢に構わず突っ込んでいくなら村なんか経由せずプエリテイア街道を真っ直ぐ終点まで走り込めばいい。英雄騎士団は五〇人もいないんだ、激突すれば蹴散らせる。人質の命の保障もないけど」
「三〇〇人ってのが実はブラフで、本当はもっと少人数で移動している。情報漏れを前提に作戦を組み立てているとしたら?」
なるほど、ありそうな話だ。と、クーンは思った。しかしわざわざ規模を大きく申告する意味が無い。逆ならアリだ、二、三〇とみせかけて三〇〇で攻め込む。いや過少申告の結果が三〇〇で本当はもっと大部隊? 馬鹿な、一〇倍以上の数で攻め込むなんて人質ごと殺したいとしか思えない。
――人質ごと殺したい?
不思議とそれが一番ありえそうな話に感じて、クーンは背中に何か寒いものが貼り付くような気がした。
(ダメだ、情報がどのみち少なすぎる。この状況を打開するためには……)
クーンはひとしきり腕を組み、顎に手を当てて考え込んだ。
「メイト、一つ頼まれてくれないか」
「できることなら」
「……討伐軍の隊長宛に、手紙を書いて欲しいんだ」
「リ、リウムさんっ!」
勢いよく扉を開けてテグゼンが飛び込んできたので、リウムは一瞬肩をふるわせて身構えた。テグゼンはすぐさま扉を閉めてリウムの方へ歩み寄ると、彼女の両肩を掴んだ。
「ここは……ここにいちゃいけません!」
「えっ? ど、どういうことですか?」
「クーンとメイトがあなたを尋問する気なんです。あっ、あいつら、一体貴女に何をするか……!」
「痛いです……ちょっと」
テグゼンは慌てて手を離す。力を入れていたつもりはなかったのに、と彼女の身体の華奢な様に少し頬を上気させる。
「よく分からないんですが……一体どういうことなんですか?」
「ええとですね……辺境伯はご令嬢が人質なのにも関わらず、討伐軍を組織したらしいんです。それでリウムさんが何か隠し事をしてるんじゃないかと……リウムさんを尋問するつもりなんです!」
「と、討伐軍……!?」
急に立ち上がったリウムはテーブルにぶつかり、卓上の駒がばらばらと床に散らばった。
「そんな……私は一体……どうすれば」
床にへたり込むリウムの姿を見て、テグゼンは自分の掛けるべき言葉は一つしかないとすぐ理解した。呆れられるかもしれない、拒否されるかもしれない。それ以前に、クーン達が言うようにこの子はひょっとしたら怪しい人間かもしれない。それでもリウムをこのままニトーシェ家に置いていたら何をされるか分からない。テグゼンは時間をかけて肚の底に勇気を貯めて、その言葉を絞り出した。
「僕と……一緒に来てください!」
「はっ?」
有無を言わさずテグゼンは彼女の手を握ると駆けだした。リビングに出てそこで寛いでいるメイトとクーンには目もくれず、脱兎のごとく家を出て走り去った。
「初デートの前に同棲かぁ、やるなぁテグゼン」
「全部盗み聞きとか流石クーン氏黒い」