第十二話・準備と異変(1)
これまでの二つ名のクーンは……
プエリテイア街道で馬車が襲われた。賊の名前はエリゴル、営利誘拐を行う山賊集団だった。襲われた娘、サーシャは二〇トラスという法外な身代金を更に引き上げ五〇トラスとするようエリゴルに要求する。
それから更に一ヶ月後、エリゴルから逃げのびたサーシャの侍女リウムはクーン達に助けを求め、クーンらドミニーシャ同胞団はサーシャ救出に向けて動くことを決めた。
一方サーシャの父ドミニーシャ辺境伯は賊の一味と会い身代金を渡すことを約束するが、実は辺境伯の娘は七年前に死んでいた。辺境伯は亡き娘の名を騙った山賊達を抹殺するべく親衛騎士団を派遣した。
隊長の名はナシジウム・マルバシア。歴戦の勇士でありながら女であるというだけで不遇を強いられた女傑である。
「はぶしゅっ!」
「風邪か? クーン」
僕は袖で鼻を拭ってみたが、特に鼻水は出てなかった。一瞬感じたあの悪寒は一体……?
「いや大丈夫。さて、じゃあ皆の報告を聞こうか、まずは鍛冶・製造班」
グループ改めドミニーシャ同胞団最初の話し合いだ。場所は僕の家のリビング。参加者は創設の七人とランバさん。母は別室でリウムと将棋してる。
「俺からだな」
アルフが立ち上がって話し始める。
「実家の工房フル稼働で製造してる。剣は目標の五〇本を達成したから、一先ず全員分はあるぜ。弓は単弓が三〇、矢は羽根がちょっと足りないから今の段階で約五〇〇本……一人あたり一六本ってところだな。鏃の種類は色々試してるけどあまり期待しないでくれ」
エリゴルの英雄騎士団への攻撃を想定して僕らは急ピッチで準備していた。人を助けるという新たな目標は僕が想像した以上に仲間に活力を与えている。
「防具は前に話したとおり、革を使っていく。鉄は防具に回す余裕がないんだ、ホトリ村は採掘してないしな。英雄騎士団がどの程度の武装をしてるかは知らんが、真っ正面からぶつかるのはとりあえず避けたいね」
アルフはそう締めくくって着席した。
「じゃあ、敵の武装について……リカルド」
「皆、この地図を見てもらいたい」
リカルドが机に羊皮紙の地図を広げる。これは普通に行商人が持ってくるような、詳細な書き込みがされた地図とはまた違う。旅行者向けの地図というのはだいたいからして町から町、村から村の距離というのはメチャクチャなのだ。というのも、どこにどんな街道が走っていてどこで宿屋にありつけるか、水源はどこだとか国境の目印がどこにあるのか……等々、そんなのが地図の中に所狭しと書き込まれている。その結果縮尺が狂う。だからその手の地図を買うと町や都はとてつもなく巨大で、反対にホトリ村のような田舎は信じられないほど小さく書かれる。けれど実際は都は小さく、町から村へと続く道は恐ろしく長い。この地図は僕達が作ったオリジナルのものだ。
「俺たちはまずリウムの話を元に廃城の場所のあたりを付けて、それから神殿の書庫にあった古い地図を引っ張り出した。その結果分かったのは廃城は意外と近かった、ということだ。……ただ、問題はアンブラシアの御座を抜けなくてはならない」
リカルドはホトリ村から少し北の部分を指した。アンブラシアの御座とはその名の通り、巨大なアンブラシア山脈の麓で延びる尾根の事を指す。ちょうど大きな木の幹から枝が分かれていくようにして出来た尾根で、ホトリ村もその枝と枝の間に位置している。
「救出作戦を遂行するには敵の意表を突いた行動をする必要がある。おそらく敵も廃城に繋がる主な道は見張っているだろうからね……つまり、僕らはアンブラシアの御座を越えなくてはいけないが……」
「素人にゃあ無理だわな」
ゼールビスの言葉にリカルドは頷いてランバさんの方を見る。
「そうだね、ここは比類無い玄人に助力をお願いするよ。ランバさんはワタリとして御座どころかアンブラシア山脈を渡り歩いた本当の猟師だ」
ランバさんは僅かに頷いた。承った、という意味だろう。
「今日にでも狩猟班の優秀者を集めて廃城へ偵察に行くつもりだ」