第十話・廃城ガドア砦(2)
エリゴルの執務室を出て、サーシャはそのまま回廊の下を見た。ここは三階だが、ガドア砦の主塔が吹き抜けの構造になっているため三階からでも一階の様子が見えるというわけだ。下ではエリゴルに雇われたごろつき共が酒を飲みながら雑談に興じている様子が見えた。さすがに、内容までは分からない。昨日の夜の酒についてや、犯した女の数や味の自慢……そんなところだろうとサーシャは思った。
「あー……ぶちこわしだわ」
周囲に誰もいないのを確認してから愚痴る。最悪の気分だった。自分のあずかり知らないところで歯車が何もかも狂ってきている。ボタンの掛け違いに気付かず掛けていって最後に余ってしまったボタン、それが私だ、と。そもそも馬車が襲われた時からしておかしかった。何故賊がド田舎の道で罠を張ってた?
(地元だから……)
自分で答えを出す。そう、地元だから。しかし聞くところによると英雄騎士団が結成されたのは割と最近らしく、つまり数ヶ月ぐらい先にこの地域を移動していれば全く問題が無かったという事になる。
(全く……試練の多い人生だわ。私って神様に守られてないんじゃないの?)
すうーっ、と深呼吸して吐き出す。
(じたばたしてもしょうが無い、肚を決めよう。『救出作戦に必要な手は既に打ってあるけど』、念のため次善の策を用意しておかないといけない、それがリウム。でもまさか……狼に襲わせるなんて)
サーシャは本当は今にでもエリゴルを縛り首にしたい気分だったが、そんな一時の感情の爆発には何の意味も無いことをよく理解していた。そんなことをしても失敗して牢屋に入れられるだけでお仕舞いだろう。現にサーシャ以外の人質は全員牢屋に入れられている。一度牢屋の様子を見に行ったことがあったが、太い木材で作られた格子は簡単には崩せそうになかった。
(手はあるけど、救出してもすぐ追いかけられて捕まっちゃうしなー。やっぱりリウム頼みか……どれだけリウムがいいアタリを引いて助けを連れてきてくれるか……それしかない)
リウムには山賊の戦力に関する情報を渡してある。それは詩の発表会を利用して得た情報だ。山賊達に発表会への参加を義務づけ、顔ぶれをチェックして人数を調べる。武器などの戦力も調べ上げた。たいしたものは持っていないと想像していたがその通りだった。山賊が持ちうるものの中で最高の戦力、それはガドア砦そのものだろう。
多角形主塔を持つガドア砦は病的なまでの防備で知られていた。遺構が殆ど崩れた今でも主塔とその周囲は健在で、適当な人員さえあれば三倍以上の敵兵に対しても十分戦える。
(正攻法は無理、そこに気付いてくれればいいのだけれど……気付いてくれるかしら。全く祈りたい気分だわ……いや、神頼みはしたくない、自分の力で解決しないと)
そう心の中で独白して、サーシャは一人で吹き出して笑った。
(神頼みしたくないって、私が? あー、おっかしい……。いや、私だからこそ、かな)