第九話・辺境伯マシウス・デイツ(3)
「さて、ウジーマ。五〇トラスというのは私にとっても大金である。たやすく用意が出来るものではないが、用意できないものではない。五日ほど待ってはくれぬか」
「いいですよぉ。んじゃ、金が用意できたらアイザック湖の辺りで待っててくだせ。また連絡しますから」
女騎士が戻ってきた。手には絹の包みを持っている。
「前金と言ってはなんだが、まず君に一トラス星貨を渡そう」
女騎士は男へと近づき、絹の包みを開いた。大きさ、形は普通の金貨と同じだが、見た目が大きく違っていた。ダイアモンドのコインだ、と男は思った。トラス星貨は星霜鉱石と呼ばれる特殊な鉱石を精錬、加工して造られる。その製法は当然ながら秘密にされており、辺境伯も知らない。その見た目は金の星屑を散りばめたダイアモンドに似ている。貴金属としても非常に価値の高い代物だ。窓からの光が星貨に入り、中で乱反射して揺らめく炎のように輝いている。その表には正帝の、裏面には副帝の横顔が刻まれている。
「こっ、こっこっこれが……!」
「そう、それが一トラス星貨だ。それで娘の身の安全を保障してほしい。できるかね?」
「あっ、ああ、すぐにでも城に戻って報告するよ」
「宜しい、ではアイザック湖で会おう。下がりたまえ」
男は何度も頭を下げて謁見の間から出て行った。扉が閉められると、マシウスは立ち上がり暫く拳を握りしめていたが、やがて力を抜き椅子へ崩れるように座り込んだ。
「ご立派です、マシウス様。よく堪えられました」
「もう少しであやつを捕らえ、拷問吏に引き渡すところであったわ……釘だらけの椅子に座らせ、膝潰し器をかませてあの男が泣き叫ぶ様を見たかったわ! よりにもよってサーシャだと? サーシャは……我が娘は……七年前に死んでおるというのに!」
「賢明なご判断です」
女騎士は涼しげな顔で言った。顔面に刻まれた傷跡が彼女の言葉に冷ややかな凄みを与えている。
「あの男はただの使い走り。本当に裁かれるべきは彼の言う英雄騎士団の頭領でしょう」
「それだ」
マシウスは女騎士を指さした。
「なんだ、英雄騎士団というふざけた名前は? 野盗や山賊のたぐいならばもっと相応しい名前があるだろう。まぁいい、直ちに動かせる戦力はどれぐらいある」
「攻め込まれるおつもりですか」
「当然だ。アイザック湖の周辺を徹底的に調べよ。城と言ったな、周辺の古城、廃城を調べ、賊とあらば一人残らず誅滅せよ。容赦はいらぬ」
「よろしければ閣下、この件は私と親衛騎士団にお任せいただけませんか」
「お前にか」
「はい。正帝陛下より与えられし銀羊軍団はあくまで国境の備えであり、このような事に動かせません。かといって、辺境伯領の兵を動かすのも……。それに閣下の元にお仕えしてよりお世話になるばかりで恩返しらしい事を出来ずにおりました」
「それに、ナシジウム家への面子も……か?」
女騎士は深々と頭を下げ、それを先の質問への返事とした。
「それに、賊がなぜサーシャ様の名前を騙ったのかも気になります。周辺の村への聞き込みも含めて調査にかかりたいと思います」
「良かろう、ナシジウム・マルバシア。そなたに親衛騎士団三〇〇騎を与える。我が亡き娘の名前を利用し、辺境伯領より金を奪おうとした大罪人共を抹殺せよ!」
女騎士はその場に跪いて礼する。来たるべき戦場の血と鉄の匂いに思いを巡らせ、女の鬣がより一層妖しく輝いた。
「御意」