第九話・辺境伯マシウス・デイツ(1)
これまでの二つ名のクーンは……
クーンとその仲間達はグループを作り、大きくして成り上がっていくために猟師の元へ師事を依頼するが、クーンに不思議な力「ミウタ」の才能を見た猟師は、クーンと共に村へとついて行き、同居することとなった。
約一ヶ月後、プエリテイア街道で馬車が襲われる。賊の名前はエリゴル、営利誘拐を行う山賊集団だった。襲われた娘、サーシャは二〇トラスという法外な身代金を更に引き上げ五〇トラスとするようエリゴルに要求する。
それから更に一ヶ月後、エリゴルから逃げのびたサーシャの侍女リウムはクーン達に助けを求めた。
クーンは自らのグループ名をドミニーシャ同胞団とし、サーシャ救出に向けて動くことを決めた。
帝国ドミニーシャ辺境伯マシウス・デイツは家紋の『羽根を広げた孔雀』が刻まれた椅子に深く腰掛け頬杖を突きながら告発人からの訴えを聞いていた。彫りの深い顔、窪みの奥にある瞼が浮いたり、沈んだりしていた。目は時々告発人の方を向いていたが、まともに告発人の方へ意識を向けているのは彼の耳だけだった。
「彼は我がギルドの加盟員から不当に賄賂を受け取り、利益の良い仕事を回し私腹を肥やしていました。そして彼に服従しない加盟員に対して賄賂を支払うよう要求し、それでも従わない時はわざと酷い仕事を回していたのです」
ここはドミニーシャ辺境伯領の首都ハーリームはフォクシア城にある謁見の間。薄暗い広間は窓から差し込むわずかな光によって照らし出されていた。辺境伯の座所は謁見希望者の場から数段高く作られており、更に辺境伯の両隣には鎧を着込んだ親衛隊の騎士が領主の権威を演出するかのように屹立していた。
告発人の訴えを聞いた被告人はでっぷりと肥えた頬肉を震わせ、それに反論する。
「閣下! 閣下惑わされてはなりませぬ、この若者は最近ギルドに加盟しただけの若輩者。仕事の中身も知らぬうちからあれこれと私のやり方に文句をつけるだけで困り果てておるのです!」
被告人は告発人からの刺すような視線に気付かぬふりをしながら辺境伯の方を、それから隣に立つ騎士の一人を見た。鎧を着込んだその騎士は金色に輝く鬣の様な髪をしていた。顔には眉の上から斜めに頬まで続く大きな傷が、彼女の美しい美貌に影を落としていた。
彼女? 被告人は騎士をよくよく見た。その騎士の顔、腰のくびれは明らかに女性のもの。更に、鎧の胸甲は大きく膨らみを持たせて作られていた。被告人は鎧の下にある胸の膨らみを想像しながら、密かにポケットに手を入れてマスをかいた。
「嘘です、私はもう勤め始めて五年経ちます。私の知らない仕事は彼の『不正のやり方』だけです! 閣下は誰よりも深く見通されるお方。法の体現者であらせられます。どうか公正なお裁きをお願いいたします」
そばで彼らの申立てを記録していた書記官が、辺境伯の方を見て判決を促した。ここで判決を下すと、繊維紙の枚数と余白が丁度良くなるのだ。
「……宜しい。神の地上における代理人である正帝・副帝両陛下よりこの地、ドミニーシャ辺境伯領を託された私、マシウス・デイツがその権利において判決を下す。そなた達が神に負う物を決して忘れてはならない。なぜなら、我らの生命と平安は全て神に帰属するからである。被告人ビガンダル、一歩前へ」
被告人はポケットから慌てて手を出し、前へ一歩進んだ。
「そなたの身体の中には二つの律法がある。一つはそなたの心の律法であり、一つはそれに戦いを挑む罪の律法である。永遠に続く善と悪の戦いから逃れられぬ我々みじめな定命の人間に、慈悲深き神は死以外の救いの道を汝に下される。すなわち、被造物への執着を解放するため汝の全財産を没収する」
被告人はあんぐりと口を開けて戦慄いた。火が付きそうなほど濃厚な脂汗が禿げかけた頭頂から顎へとしたたり落ちる。
「そっ……そんっ……」
「没収財産は被害者への補償後、辺境伯領が管理ししかるべき時、しかるべき手段によって天の御倉へと納められるであろう。そこは盗人が入ることが出来ず、錆も、苔も、埃すらもない財産が永遠に保たれる所である。我らが神に百万の感謝を。そなた達の退出を許す、これにて閉廷」
被告人はガックリと肩を落とし、ゆっくりと振り返り扉へと歩く。逆に告発人の足取りは軽かった。被告人は一瞬告発人への殺意にとらわれかけて、すぐ思いとどまった。判決への不服従は即死刑執行である。被告人は気を取り直し、今晩何を食べるかを考え始めた。