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二つ名のクーン  作者: アブドゥルラフマン友松
第一章・ホトリ村のクーン
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第一話・助け合いと誠実な心で

 この僕、ニトーシェ・クーンという男には何のとりえもないけれど、少なくとも誠実な生き方をしたいと願っている。

 少し自己紹介をしよう。僕はホトリ村のクーン、人はそう呼ぶ。先月で16歳になった。母のお腹から出て以来ずっとホトリ村で暮らしている。『目開きの儀式』をしたのも村の神殿でだし、読み書きの方も神殿で教わっている。

 けど、僕はこの村が大嫌いだ。田舎なのが嫌なわけじゃないけれど、村人は僕らをいつも冷たい目で見る。なぜなら、僕は父なし子で母は余所者だからだ。どんな経緯でホトリ村にやって来たのか聞いても母は教えてくれないから、どうしてホトリ村にやってきたかは知らない。ただ、母が言うには僕の父はもう死んでいるんだそうだ。いつ? どこで? 母に聞いても教えてはくれないので、僕は多分嘘だと思っている。いつかはきっと本当の事を話してくれるだろう。

 さて、そんなわけでニトーシェ家には男手が僕しかいない。母は一人で僕を育てるしかなかった。辛かったと思う。村人は冷たくてろくな食べ物を売ってはくれなかった。たまにいいのを分けてくれる人もいたけど、そうやって親切にしてくれるのはいつも鼻の下を伸ばした男だった。息子の僕が言うのもなんだけど母はすこぶる美人なので惹かれても無理はないと思う。けれど、それがまた村の女衆の嫉妬を呼んで仇となった。


 僕が一三歳ぐらいの頃、どこから聞きつけてやってきたのかこの辺りを管轄する市長が村にやってきて母に求婚した。市長の強引で下品な態度に怒った母は平手打ちを食らわせて家から追い出した。そして、それから二年後……つまり去年、ドミニーシャ地方に干ばつが襲った。日照り続きで作物がダメになり、蓄えは底をつき始めた。各町村の長は市長に市の備蓄を分配するよう要請し、配給が始まったがホトリ村だけは配給が始まらない。このままでは飢え死にしてしまうと困り果てて、村長が何度手紙を送っても、

「配給は始まっている、何かの間違いではないか」

 というお決まりの返事が返ってくるだけだった。……市長の仕返し、嫌がらせなのは間違いなかった。食べ物がなく苛立つ村人たちの恨みは、当然母へ向いた。今でもあの頃のことを思い出す……口にもしたくない思い出したくもない悪口を言われ、石を投げつけられた。

 そしてある日、母は家を空けた。僕に数日分の食べ物の隠し場所を教えて家から出て行った。そして数日後、母は帰ってきた。それから村人全員を満腹に出来るほどの配給が一ヶ月以上続いた。規定量の倍以上の配給だ。母と市長の間に何があったかは知らないし、知りたくもない。ただ、村の女衆は下劣な妄想を噂し続けた。何があったか詮索せず、母にただ感謝してくれる村人は本当にごくわずかだった。


「言いたい奴には言わせておけよ。俺らはクーンのかあちゃんがそんな変なことするような人だとは思ってないからさ」

 彼ら――年の近い僕の友達七人――は、そんなただ感謝してくれる村人の一部だった。僕たちは普段近くの森の大きな木を秘密基地にして遊んでいた。駆け回って遊んだり、輪になって話し合ったり。僕はというと、駆け回るより話し合ったりする方が好きだった。

「クーンのお母さんに対して失礼な話だよ」

と、年長格のリカルドが言う。彼は優しくて誰に対しても親切な男だ。

「他の村の様子を見に行ってきたけど、皆生きるのにぎりぎりって感じでホトリ村ほどの食い物は貰ってないみたいだな」

 アルフ、鍛冶屋が実家の社交的で活発な奴。年齢はリカルドと同じだけど、落ち着きがなくて少し幼く見える。

「でも今回の騒動で本当にこの村が嫌になったよ。ウチのババアもクーンのお母さんの悪口ばっかりで頭にくる」

 僕よりも一つ年下のテグゼンが感情も露わに話す。干ばつが終わって数ヶ月が経ったものの、母に助けられたという事実が村の女衆には許せないらしい。

「やっぱり……村を出て帝国首都(ラス・ノアストラ)に行ってみたいよな。でっかいことがしてぇ! 偉くなって金持ちになってモテモテになって……あとそれから?」

 欲望だらけのこいつはファムハン。僕達の中で一番のイケメンで腕力もある。

「ここのところ、周辺の村では若者が徒党を組んで活動しているようですよ。餓えるばかりで何も出来ない大人を見限った、というところでしょうかね」

花の茎で作った伊達メガネをかけてるのはメイト。くいっ、と落ちかけたメガネを直す。何でそんなのをかけるのか本人に聞いたら、「メガネが無いと賢く見えない。でも、メガネは高いから買えないので代わりにかけてる」んだそうだ。

「俺たちもそうしようぜ! 村を出て俺たちの国を創るんだよ。王様になろうぜ王様に! ……いやぁ、たぎるなぁ!」

 一人で妄想の世界に飛び込んでいるのはゼールビス。ただ、喧嘩のセンスは良くてファムハンといつもいい勝負をするし、森の中に罠を仕掛けてもすぐ見破るぐらい勘がいい、脳筋のくせに。

「それはおいといて……、何? 今そんなに集団を作るの流行ってるの? メイト」

「えぇ……徒党と言っても二、三人から多くて一〇数人です。仲間同士で楽しくやるって主旨で盗みを働いたり女の子をさらったり……。愚連隊ですよハッキリ言って」

「ふぅん……じゃあ、今のうちにちゃんとした考え方を持った集団を作ればヨソとの違いをハッキリ出せていいかもね」

「大人はクソだ、俺たちだけで勝手にやる! って感じか?」

 ゼールビスの言葉に全員が笑った。僕もつられて笑いながら彼を制する。

「まぁまぁ、大人の事はどうしようもないけどね……。この森を見てみなよ。鳥も、兎も、鹿だっているし、危ないかもしれないけどキノコだって生えてる。食べられるものはいくらでもあるんだ。ただ、狩りを領主が禁じているから入ろうとはしないだけでね」

「勿体ないよな」

「でも、村の人達は誰一人として勿体ないとは思ってないよ。なぜだと思う?」

ゼールビスは答えに窮して隣を見る。メイトも首を横に振った。僕は話を続けた。

「それが決まりだからだよ。国を守るため、人を守るために決まりがあるのにいつの間にか自分達を犠牲にしてでも決まりを守る方が大事になってしまってる」

 僕の言葉に全員が頷く。

「じゃあ、クーン。君の考え方は分かったけど、それに対してどうしていけばいいと思う?」

 リカルドの質問に僕は腕を組みしばらく考え込んだ。

「……僕は、本当に大事なこと、本質を見極めてそのために行動できるようになる人の集団を作りたい。ただ毎日ダラダラと何も考えず、人に言われた事だけをするような人間にはなりたくない。そんな風に考える人を集めて、僕たちが目指す生き方に共感してくれる人を集めたい」

「いいね、俺は賛成だ」と、リカルド。

「それって現実的に考えると騎士団を作って騎士団領を設けるぐらいのことしないと無理だろ。どこにそんな金と人が? 禁猟区での狩りもヤバいのに、徒党を組んで広範囲に活動するってなると、少なくとも騎士級の爵位が必要になってくる。爵位なんて俺ら村人が取れるわけないだろ?」

 アルフの言う事も(もっと)もだ。

「そうだね、今のところそこまで大それた事は考えてないけど……人、お金、地位、一つずつ問題を解決していかないとね、まずはお金だけど、これは元手を使って稼いでいくしかないと思う」

「元手って、どこに?」

 僕はその質問の答えとばかりに、地面を指さした。

「ここで猟をしてホトリ村や周辺の村に獲れたものを売って資金にする。その資金を使って狩りを手広くしたり森を開拓したりしていくんだ」

「あ、クーン、一番大事な事忘れてた。その『集団のルール』をまず決めとかないと」

 年長者のリカルドらしい意見に僕は微笑んだ。でも大丈夫、それはずっと僕の頭の中にあった言葉だから。

「色々細かいルールは後で増えるかもしれないけど、まずは二つ。『お互いを助け合うこと』、そして『誠実であること』。この二つ。これから決めていく全てのルールはまずこの二つの原則に照らして正しいものかどうかを基準にする……ってところでどうかな?」

 リカルドも納得して頷いた。大人に頼らなくても生きていけるようにする、そう志したところで今の僕らには何もかもが足りていない。

 一つずつだ。僕は心に刻み込んだ。一つずつ成し遂げていこう。

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