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二つ名のクーン  作者: アブドゥルラフマン友松
第一章・ホトリ村のクーン
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第八話・帝国将棋(5)

「なるほどね……それだけの身代金を要求しておけば、もう山賊にとってご令嬢はお金の塊にしか見えないわね。……ただし、辺境伯が支払えるなら、だけど」

「必ず支払います。どのような方法を使おうとも。そしてもしサーシャ様の身に何かあれば、賊は必ずその対価を払うでしょう」

「ふむ……俺からもいいかな」

 リカルドが前に出た。

「あ、さきほどは……有り難うございました」

 リウムはリカルドの方を見て顔を赤らめ、すこし視線をそらした。ん? 何かあったのか?

「だいたいの事情は分かった。でも、君はなぜここに、ご令嬢を置いて逃げてきたんだ?」

「サーシャ様がそうせよと仰ったからです」

 リウムははっきりとした口調で、しかし目を伏せ悲しみをこらえている。

「サーシャ様は安全でも、私は特に重要だとは思われていませんでした。サーシャ様が勇敢にも人質全員が無事でなければ五〇トラスは保証できないと賊に条件をつけてくださったのですが、私はそこに留まるより逃げた方が安全だとサーシャ様が仰ったのです。私が今ここに無事でいられるのはサーシャ様のご判断と神のご加護のおかげです」

 その結果として狼に襲われ、からくも助けられたわけなんだけどな……、とは言わないでおこう。

「さぁ、聞きたいことは終わりかしら? 終わりなら、リウムちゃんの身体を拭いてあげたいから男共は全員リビングへ行ってね」

 そして僕達は半ば追い出されるような形で寝室を出た。

 全員でぞろぞろとリビングへ向かっていると、すでに先客が一人いた。テグゼンだ。

「久しぶりだね、クーン。ちょっと貰ってるよ」

 そう言ってテグゼンはコップを掲げた。多分中身は蜜酒だな、こいつ酒大好きだから。

「ああ、テグゼンか……、久しぶり。採用活動はどう?」

「なかなか見所のある奴が何人かいるよ。もうすぐホトリ村に向かう手はずになっていると思う。実は聞きたいことがあって……ところで、なんで皆いるの?」

 怪訝な顔をするテグゼンにこれまでの事情を説明する。

「なるほどね。英雄騎士団のエリゴルなら俺も話には聞いてたよ。僕達みたいにあちこちの村で人集めをしているらしい。戦闘員として、だけど」

「規模はどのぐらい?」

「僕の知る限り創設メンバーは三人。あとは新規に募集したメンバーが四〇人ぐらい、のはず」

 当然、全員武装しているとみるべきだろうな。

「クーン、何を考えている? まさか俺たちで辺境伯令嬢を助けだそうなんて思ってないよな? それはいくらなんでも無茶だ。大人達に、いや、軍隊に任せるべきだろ」

 アルフの抗議ももっともだ。軍隊や大人に任せるのは一番自然な考え方だ、だけど、僕はどうしても頭の中に別な考えが浮かんでしまう。

「リウムさんを逃がしたのはきっと、『王の早逃げ』だったと思うんだよ、だとすると危険を冒して彼女を逃がしたサーシャさんの判断にも納得がいく」

「なに? 早逃げ?」

「ああ、ごめん。帝国将棋の格言の一つなんだ。敵の攻撃が本格的になる前に逃げ道を確保したり、安全地帯へ移動すると、後々の作戦が手広くなる、っていう話。八手分の得があると言われている」

「あの女の子が早逃げの一手だったってことか」

「多分ね。同時に逃げのびた先で救援を頼むのも、作戦のうちだったんじゃないかな」

「おい、クーン、それは……」

「少なくとも僕は、助けを求めてやってきた女の子を大人達の手に委ねて『それでおしまい』ってやる気はないよ。そもそも、大人を信用してたらこんなグループ作りやってない。昔から続いてきた生活を守ることだけしか考えず、そこから少しでも離れたら文句をつける。褒められるのは彼らのいいなりになっている時だけ。そんなの僕はいやだね、絶対いやだ。僕は自分の頭で善悪を考えたい、例えそれが間違った道であっても、試してみなければ僕達が正しい道を歩んでいたのか、それともずっと間違った道を歩んできたのかも分からない」

 僕は一人一人の顔を見ながら話しかけた。

「それは僕らと仲間達を例の山賊達との戦闘に巻き込むものと考えていいんだよね?」

 テグゼンの言葉に僕はよくよく考えながら、頷いた。

「分かった、クーン。僕は作業してる人全員集めてくるよ」

「じゃあ、俺は実家に戻って武器にできそうなもの集めてくる。矢も増やさないとな」

 と、アルフ。

「俺はリウムさんから話を聞いて先行して偵察に行ってくるよ」

 リカルドまで、っておいおい。え? 誰も反論しないの?

「ちょ、誰か僕の話に反論する人はいないの?」

 うろたえる僕に、リカルド達は顔を見合わせて怪訝そうな顔をする。

「そもそもクーンの考え方に賛同してこのグループを作ったんだぞ? だから別にさっきの話も納得してるし、別に反論する気はないよ、なぁ?」

 アルフの言葉に全員が頷く。

「ランバさんはどう思う!?」

「儂に振るか普通? 儂は、別にどうでもいい。大人だしな」

 ……なんてこった、やはり大人は信用できない。誰も反論してくれないのはそれはそれで辛いものがある。話し合って意見を高め合う事が出来ない。ていうか、皆こんなに僕の意見に依存してていいのか?

「あ、そうそう。クーンに一つ決めてほしい事があったんだ」

「何、テグゼン。この際だから何でも決定するよ」

「投げやりになるなって……実は、結構な数のメンバーからグループ名を決めてほしいと要望が出てるんだ」

 そういえばまだ決めていなかった。単にグループとか、そう言ってるだけだったな。

「ホトリ村青年自警団とか」

「ダサい。それに僕、結構前からあちこち行って求人してるからすでにホトリ村のグループって規模じゃないよ? 実際三〇人も集めてるグループってそうそう無いんだから」

「そうなの? ううむ……じゃあ、アンブラシア山麓騎士団」

「騎士が一人もいない騎士団ってどうよ。それだと英雄騎士団とレベルが同じになる。それに結構西部のメンバーもいるからアンブラシアが付くのもどうかな?」

「ぬぬぬ……ならいっそのことドミニーシャ、ドミニーシャ同胞団で!」

「うーん……まぁ、最初のよりはだいぶマシだね」

 リカルドとアルフの方を見るテグゼンに二人は「問題ない」「俺は異論無いよ」と答える。というわけで、同胞団に決定したようだ。

「他のメンバーにも一応聞いとくけど多分これで決まりだね。んじゃ、団長はクーンって事で」

「はぁ?」

 僕は抗議の声を上げた。薄々こういう流れになるんじゃないかとは思っていたけど、いやちょっと待て!

「僕より適任者がいるでしょ? リカルドとか!」

「俺はいやだ、面倒くさい。それに責任を背負いたくない。さっきみたいに戦う戦わないの決断をすれば、傷つく人やひょっとしたら死んでしまう仲間も出るかもしれない。逆に戦わないことで犠牲になる人もいるかもしれない。その責任の全てをかぶることになる。俺はそういう柄じゃない。今クーンはその決断を下した、だからこそリーダーに相応しい」

 僕は身体の中の血がすっと冷たくなる思いがした。そうだ、僕の決断で誰かが怪我をしたり、死んでしまうかもしれない……その全てに責任を負う? ……そこまで重いものを、背負う事になるだなんて想像もしていなかった。混乱しかける僕の頭にふと母の言葉が思い浮かんだ。

――指揮官が動揺してコロコロ指示を変えたりしたら現場は混乱するわ。ミスをしても、致命的なものでないなら胸を張って堂々としていなさい。そうした方がえてして指示を変えるよりも良い結果を生むわ――

 今がまさにそういう場面なんだろう。僕は奥歯を噛み締めた。動揺する心を食いしばって抑える。

「分かった、僕が団長をやるよ」

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