第八話・帝国将棋(4)
「辺境伯っつーのは何なんで?」
ランバさんが母に質問する。やった、僕が聞いて恥じかかなくて済んだ。ランバさんの質問には母が答えた。
「辺境伯というのは帝国領の中でもここ、ドミニーシャ地方の領主を指します。ドミニーシャ地方はジグラズィ、ツァガデムと国境線を接していますし『砂海』のそばにある地方のため、伝統的に軍隊が多く配備されていますわ。勿論、ホトリ村のような辺境中の辺境は例外ですけれど……」
砂海とはアンブラシア山脈の向こう側に広がる大砂漠のことだ。オアシスさえも見つけられない無限の砂漠が広がり、入り込めば生きては帰れない。……と言われている。
「ということは、その辺境伯様のご令嬢の身になんかあったということか」
「……はい、サーシャ様は、今賊に捕らわれておいでです」
「そいつらの名は?」
アルフが口を挟む。
「エリゴル、という名前の悪魔のような男でした……。自分たちのことを、英雄騎士団と名乗っていました」
アルフは顎に手を当ててしばらく考え込んだ。アルフは僕の知らないような事でも沢山知っている。特に僕達以外の若者グループの事となると、知らないことはない、と言っても過言ではないほどだ。
「廃城のエリゴルか! 確か昔はアビゴルと名乗っていたな……。危ない奴だよ、人の命なんか屁とも思っちゃいない。むしろ、戦いを引き起こして楽しむような奴さ」
「そう……危険な男だというのは分かっていました。だから、サーシャ様は身代金を……うぅっ!」
何事かと母が案じるのをリウムは大丈夫といって遠慮した。擦り傷が少ししみた、らしい。
「身代金? そうか、誘拐して辺境伯から身代金を取ろうってことか」
「はい、ただ、賊はサーシャ様のご身分は知らない様子でした。そこでサーシャ様は最初二〇トラスの身代金を要求されたのです」
「二〇トラス?」
聞き慣れない単位だった。いや、聞いたことがない。
「諸王国共通通貨で一トラスは三万デライトの価値があります」
「さっ!?」
僕は絶句した。そんな額のお金、見たことも聞いたこともなかった。夜空に浮かぶ星を全て集めても二〇トラスほどの数にはならないだろう!
「しかし、サーシャ様はそれでは危ないと思われたのです……」
「危ない、とは?」
ランバさんが問う。猟師暮らしが長くて金額のことがよく分かってないのだろうか? 随分冷静だ。
「サーシャ様の……そのぅ、純潔が脅かされる可能性もありました。他の人質を簡単に殺すような連中です。だから、サーシャ様は自分がより価値のある人間だと示すために身元を明かされ、そして賊に対して逆に五〇トラスの身代金をお父上である辺境伯に要求するよう仰ったのです」
「ごっ……ごごご!?」
「クーンうるさい」
母にぴしゃりと叱られる。それでも頭の中ではそろばんが動いていた。えーと、一トラスが三万デライトだから五〇トラスは三万デライトかける一〇かける五の……一五〇万、か。……ああ、いかんいかん、ちょっと誘拐やりたくなってしまった。そんなミウタが曇りそうな事考えちゃいけない。