第八話・帝国将棋(2)
先手6五兵、同兵、同剣ときて3六兵。6筋での攻防で手薄になった隙を突かれた。
「だぁっ、ま、待った!」
言って、すぐしまったと後悔した。
「クーンちゃん、今の待ったでクーンちゃんの駒達は動揺したわ。その隙に私の兵達が一歩先に進むわね」
これだよ、我が家の独自ルール。待ったをしたら、駒を元の場所に戻してもいいけどその分相手が一手多く指す、というルール。ゲームなんだからそこまでする必要あんの? って言いたいよな、でも駄目なんだ。
「戦場で待ったなんてしてはいけないわよ。指揮官が動揺してコロコロ指示を変えたりしたら現場は混乱するわ。ミスをしても、致命的なものでないなら胸を張って堂々としていなさい。そうした方がえてして指示を変えるよりも良い結果を生むわ」
そう言いながら母は1一の槍兵を1二に動かした。殆ど意味のない手損だ。僕はため息をついた、どうやら今回は見逃してくれるらしい。母の3六兵に対して僕は考えた末に3八赤と相対させた。赤騎は縦横にいくらでも動ける駒だ。
「私の赤騎がタダよ~、クーンちゃんどうする?」
七六手目の6五赤を指して母が言う。
ふざけんな! 赤を取れるのは近衛だけ。近衛に取らせたら5六の忍が取られる、とすると、母の白が副帝と近衛の両取りになって俺の近衛が絶対助からなくなる! 僕は不利を承知で反対側の白を取った。というか、現状もはやこれしか手がない。
八一手で赤騎も剣士で取った。が、剣に踏み込まれて白を失う。これで副帝を守っているのは近衛一つのみ。母は将棋盤の横に置いてあった小さな冠を取って剣士の駒に被せた。僕の陣地にまで踏み込んだから昇進したのだ。これで剣士は英雄となり、近衛と同等の動きが出来るようになる。
その後の展開はもはや一方的だった。同近、4五忍、6六近、6九剣、7七副、3七兵成……。
「……負けました」
「ありがとうございます」
お互いに礼をして健闘を讃える。
「あー、くそっ、今日こそはいけるかと思ったのに」
「だいぶ上手くなったみたいだけど、私に比べたらまだまだねぇ」
心底楽しそうに自慢する母。横から拍手の音が聞こえる。
「いやぁ、奥様もクーンも見事ですだ。盤上で火花が散るようで」
ランバさんはあれ以来銀髪をオールバックにして髭を剃るのを欠かしていない。以前に比べると二、三〇は年齢が若く見える。村人との付き合いにも配慮してくれているようで、あれ以来問題らしい問題は起きていない。というか、今の格好になってからハンサム化が激しい。既に村のおばさん達はランバさんの虜である。が、別に誰とも関係を作ることはしていないようだ。……勿論僕の母とも何もない!
ランバさんの言葉に俺は内心照れくさい気分になった。けど、完全に母の思うがままに踊らされた感じがあって良い勝負をした、という実感は全くない。
「あら、ランバさんもルールが分かるの?」
「駒の名前がちっと違っとりますが、動きやルールは同じですわ」
「じゃあ一局いかがかしら? 息子の猟師遊びに付き合わされて、一緒に遊ぶ機会が今までありませんでしたし」
「いやいや猟師遊びだなんて……息子さんは立派にやっとります。いいですな、では一局」
そう言って盤上の駒を戻している最中に僕は風を感じた。
「……?」
奇妙な感覚がした。それが本当の風ではなくて……例の不思議な力、ミウタの風だというのはすぐ分かった。でもありえない。このミウタの感じは普通じゃない。まるで、狩った獲物の心臓をホナ割らずに放置したみたいな……。
「ねえ、ランバさん……」
「……応、クーン……これは……」
ランバさんもただならぬ雰囲気を感じ取ったようだ。警戒して周囲に全神経を集中させている。
今回の対局の棋譜
▲クーン
△ローズ
▲7六兵△8四兵▲2六兵△8五兵▲2五兵△3二近▲7七白△3四兵▲8八剣
△7七白成▲同 剣△2二剣▲4八剣△3三剣▲6八副△6二剣▲7八副
△4二正▲5八近右△6四兵▲5六兵△6三剣▲5七剣△5二近▲6六兵
△5四剣▲6七近△4四兵▲4六剣△7四兵▲5五兵△4三剣▲6八近上
△3一正▲3六兵△9四兵▲3五兵△2二正▲3四兵△同剣右▲3五兵△4三剣
▲5七剣△9五兵▲5六剣△1四兵▲4六兵△1五兵▲5七白△7二白▲6五兵
△同 兵▲同 剣△3六兵△1二槍▲3八赤△1六兵▲4五兵△同 白▲3四兵△同剣右
▲5四兵△6二赤▲6四兵△7三忍▲6六剣△6五忍▲同 剣△5五剣▲5六忍
△6六兵▲同 近△6四剣▲同 剣△同 赤▲5五近△6五赤▲4五近△同 剣
▲6六剣△5六剣▲6五剣△5七剣成▲同 近△4五忍▲6七近△6九剣
▲7七副△3七兵成