第八話・帝国将棋(1)
これまでの二つ名のクーンは……
クーンとその仲間達はグループを作り、大きくして成り上がっていくために猟師の元へ師事を依頼するが、クーンに不思議な力「ミウタ」の才能を見た猟師は、クーンと共に村へとついて行き、同居することとなった。
約一ヶ月後、プエリテイア街道で馬車が襲われる。賊の名前はエリゴル、営利誘拐を行う山賊集団だった。襲われた娘、サーシャは二〇トラスという法外な身代金を更に引き上げ五〇トラスとするようエリゴルに要求する。
さらに一ヶ月後、クーン達のグループは三〇人を超えるまでになった。
森で作業をしていたリカルドとアルフは狼に襲われていた女の子を救い出すが、女の子は辺境伯令嬢マシウス・サーシャを助けてと言い残し気を失ってしまう。
帝国将棋は縦横九マスに区切られた将棋盤の上に、小さな木彫り、または象牙や真鍮の駒を使って遊ぶボードゲームだ。ニトーシェ家のリビングで対峙するのは僕、クーンと……母、ローズだ。立会人はランバ・何とかさん。
「じゃあお母さんが正帝の駒ね。先手はサイコロを二個振って奇数なら正帝、偶数なら副帝」
男女が対戦する時は必ず正帝は女性がやる。同性同士の対戦であればどちらが上座か下座かで決める。もちろん上座は正帝だ。そうやってやる性別が決まっているので、「これを取られたら負け」の正帝の駒は女性、副帝の駒は男性になっている。
「もう腐るほどやってるんだからルール説明はいちいちいいよ……じゃあ、ランバさんお願い」
動物の骨で出来たサイコロをランバさんに渡すと、彼は手で包んで何度か振った後、パッと将棋盤の上に放った。サイコロの目は偶数、僕の先手だ。僕と母は駒を並べる。駒は各自八種類二〇駒。それを並べ終えたら互いに礼をして対戦開始だ。
僕は帝国将棋が得意ではない。というのも、正直言ってお情け以外で母に勝った事がない。僕の友達のリカルドやアルフ、テグゼンも将棋はやらない。だから母とやると負けて凹みっぱなしなんだけど「クーンちゃん、一緒にやりましょう」という母の台詞にはそれはかとない強制的雰囲気が含まれていて、僕は断るに断れないのだ。勿論、僕もただやられてばかりなわけではない。僕なりに研究してあの時どうすれば勝てたか、どうすれば負けずに続けられたかというのを考えたりもする。
「7八副」
一六手までは普通の進行になった。後手7七白成で白を取られ、剣士で奪い返し前に出た。白は斜めにならどれだけでも動ける駒だ。こうして駒台に置いておけば、ゲームがどの段階でも盤面に打って自分の戦力にすることができる。だが、その後は……母の6四兵で手が止まった。今まで母が指したことのない手だった。母の方を見ると、何食わぬ顔でニコニコしているだけ。そう簡単に表情に出してはくれないな……仕方ない。僕は真ん中の筋の兵を進めた。一番手堅い進め方だ。僕の兵は盤面の中心を押さえ、母の剣士は後ろに下がった。
「なかなか今日は積極的じゃない」
「そう何度も負けてあげるわけにはいかないからね」
母の正帝が囲いに入ろうとする前に3五と突いて守りを切り崩しにかかる。しかし、母は柔らかく受け止めるだけでミスはしない。さすがにまぁ、こんなショボい手で仕留められるとは思ってないけど……しかし、形勢はいつのまにかかなり苦しくなっていた。真ん中から攻めていこうと体勢を立て直したものの筋がない……。持ち駒の白を5七に打とう。さあ勝負だ! 打つ前に、ふと母を見る。母の手も、駒台の上の白に伸びていた。
……まさか、読まれている? 冷や汗が一筋流れたような気がする。ランバさんが横からニヤニヤ見ていた。うざいなあ、猟師の人にルールがわかんの……? 予定通り5七に白を打つ。母は間髪入れずに自分の白へ手を伸ばした。
「7二白。どう? いい手でしょ?」
自陣から敵陣にまで開いた斜めの線、そこを白に睨まれている。こちらの作戦の幅がかなり制限されてしまった……くそっ!
「相っ変わらず……ゲームとなると容赦ないね。その元気さで少しは体調も良くなるといいねぇ……」
「あらーそんなに体調が良いわけでもないわよ。クーンちゃんこそオツムの調子が今日は悪いのかな-?」
僕と母の間で激しい火花が散った。