第七話・サーシャ(5)
アルフ達から放たれた矢はばらばらな放物線を描きながら狼へと向かい、二本が命中した。
「っしゃ!」
誰ともなく声が出た。矢は狼の肩と腹に命中した。狼は犬のような悲鳴をあげるとその場に倒れ込んだ。
「もう一匹!」
アルフもすぐ次の矢を準備して狙いを定める。しかし、残るもう一匹の狼はジグザグに走り、先ほどの狼ほど容易に狙いを定めさせようとしなかった。
「くそっ、知恵がありやがる」
何人かがそれでも射るが、狼は難なくかわす。そのうちの一射が狙いを外れ、女の子の脚をかすめた。
「きゃっ!」
バランスを崩した女の子は草むらに倒れ込む。慌てて起き上がろうとするが、肉体はもう限界で立ち上がることさえ出来なかった。
「クソが……止まれっ!」
アルフは矢を番えながら神に祈った。
(神よ、もしこの子が今ここで助かる運命ならば……俺にその栄誉を!)
そう念じた時アルフは手に不思議な感触を覚えた。視力は大して良くない。両腕はすでに限界だ。それでも今、放てば当たるという確信がアルフの胸に沸き上がった。
アルフは矢を射った。
万感の一射、それは美しい放物線を描いて――狼の手前で落ちた。狼は狩猟班の放った矢に腹を射貫かれて悲鳴をあげる。暫くの間のたうちまわり、やがて事切れた。歓声を挙げる狩猟班の面々をよそに、アルフは立ちつくした。
(……もっと練習しよう)
「ん? アルフ、何か言ったか?」
「……いや、リカルド。早く女の子を助けよう」
リカルドは頷き、倒れた女の子の元へと駆け寄った。
「おい、君大丈夫か?」
そばまで来たリカルドは女の子の有様を見て驚いた。美しかったであろうドレスは太ももが露わなほど破れ、上半身の方も引き裂かれていた。リカルドは迷わず自分の一張羅を脱ぎ上半身裸になると、その服を女の子にかけてあげた。
「すまない、今はこれで我慢してくれ」
「はぁ……あり……が……」
「リカルド、水を持ってきたぞ」
リカルドはアルフから皮袋を受け取るとフタを開けて女の子の口にあてがった。しかし、女の子は飲もうとしなかった、いや、出来なかった。
リカルドは自分で皮袋に口をつけて水を口に含むと、女の子の唇に口を重ねた。一瞬女の子の身体が強張り、それから次第に緊張が解けていった。リカルドは口を離した。
「君、名前は言えるか? どこから来たんだ?」
「はぁ……騎士様、私は……私の名前は、リウム……」
「俺は騎士じゃない、ただの村民だ。リウム、君は何故森から来た? 何があった?」
「私は……逃げてきました。彼らから……、あの方を……助……」
次第にリウムの声が小さくなっていく。リカルドはリウムの口に耳を近づけて再び問う。
「あの方とは誰なんだ、頼む、もう一度」
「……はぁ……あの方は……辺境伯のご令嬢、マシウス・サーシャ様……許し……。」
そこまで言い終えるとリウムは気を失った。リカルドはリウムを優しく地面に寝かせた。
「辺境伯の令嬢だと……? 一体何がどうなってるんだ」
アルフは天を仰いだ。地上がこれだけ騒いでも天は変わらず青空を見せ続けている。
「ま……何がどうあれ。自力で解決せにゃならんって事には変わりないさ」