壱
息を切らしながら石段を登ると、幾重にも重なった塗りの鳥居の奥、大邸の御簾から姫様が顔を出されているのが目に入った。
姫様は俺に気付かれるとぱっと御簾をはねのけ、履物に足をかけるのももどかし気に俺の方へ向かおうとされる。
「いや、どうぞそのまま」
慌てて掛け寄ると、姫様は嬉し気な顔をして、に、と唇を持ち上げ、俺を見上げた。艶やかな色の紅が白い顔にぽとんと落ちる様は、雪の上の椿のようだった。
「待ちくたびれたぞ、とのお」
拗ねたように俺の名を呼ばれる姫様の髪から、しゃらん、と無数の小さな鈴が鳴る。
歩く度にしゃらんしゃらんと音を立てるそれは、辺りの邪気を浄化する役割を持つ。そうして、その浄化に使った鈴の束を取替えにやって来るのが国長の庭番である俺の役目だった。
強い呪いのかかった金鉱山の土地神の怒りを鎮めるため、国長の長姫は幼き頃よりこの大社の巫女姫としてこの社に住み、『鈴姫様』と呼ばれている。
「とのお、今日は土産があるか?」
「はい、黒糖の饅頭をお持ちしました」
「おお、甘いもの! 待っておったぞ! 茶を持たせる故、ここでお前も」
「いや、甘いものは苦手でして」
「遠慮するでない、ほら」
鈴を交換する間中、ひっきりなしに鈴姫様の小さな口はおしゃべりを紡いでゆく。齢13の彼女は、ちょうど花の蕾が綻ぶ前の危うい愛らしさを持っている。
しゃらしゃらしゃらしゃら……
全ての鈴を交換し、古い鈴を封印箱に納めるまでは二刻程かかった。俺が真剣に作業をする間、鈴姫様は饅頭をほおばり茶を啜りながらにこにこしていた。
「――さて、これで御終いです」
ぱたん、と白木の箱を閉じ、濃紺の呪い紐で結びを作りながら俺は言った。
「これで、終いか」
鈴姫様もぽつん、と呟いた。
「のう、せめてそなたの髪束の一筋でももらえぬかのう」
「勿体無い御言葉痛み入ります。ですが、お立場ゆめゆめお忘れにならぬよう」
「分かっておるわ」
鈴姫様はすっくと立ち上がると、
「今までご苦労じゃったな」
と後ろを向いた。
俺はその背に一礼すると、石段を降りていった。
姫が初潮を迎えたのが数日前だと聞いた。
山の神は女。
人間の女を厭う。
呪い沈めの役割は、今月で終いだと聞いた。
次月より幼い別の姫が巫女として社に入る。
女となった鈴姫様は、隣国へと嫁がれる事となった。
抱えた箱にぐっと力を込める。
あのままさらえば良かったのか。
姫もそうして欲しかったのか。
けれど、駆け落ちしたところで、この国で二人生きて行く場所など何処にもない。
俺は箱を紐解いた。
白木の蓋を開け、主のいなくなった呪い封じの鈴の束をかき抱く。
せめて鈴よ。
その溜め込んだ呪いで、この俺を憑き殺してくれ。
恋慕に疲れてしまう前に。
この物語は即興小説の出すお題で進んでいきます。
今回の制限時間は30分、お題は「不幸な山」でした。
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