第二章〜導き〜
「この子を政略の道具にするって言うの!?」
「仕方が無い。我々が勝つにはこの子の力が必要だ」
「だれ?」
「そんな事私には耐えれらない!貴方だって本当は嫌でしょ!?」
「もちろんだ。しかし、これは魔王様方の決めた事。逆らうことは出来ない」
「・・・ここは?」
「この子にだけは幸せに生きて欲しいのよ。私はその命令に背く」
「どうする気だ?」
「この子を人間に預けるわ。そして、何も知らないで平和に生きてもらいたい」
「・・・わかった。では・・・」
「あー!いっけない、寝坊しちゃった!」
楓はベッドから跳び起きると直ぐさま着替え部屋を慌ただしく出ていく。
「よう、おはよう。楓ちゃん」
「マスターおはようございます!すみません寝坊しましたー!。直ぐに開店の準備します!」
「ああ、頼むよ。今日も忙しくなるぞ」
「はい!」
楓は元気良く返事をすると店を出てクローズと書かれていた看板をひっくり返しオープンに変える。
「よし!今日も張り切っていこぅ!」
楓は店を前にしてガッツポーズを取った。そう、ここはエンシフェルムの街はずれに建っている軽喫茶「ストロベリー」
街外れに有ると言っても、何気に人気が高く隠れた穴場として固定客が多く楓が来てからは楓目当てに来る客も増え毎日が忙しい。
「楓ちゃ〜ん!こっちビール三つ追加!」
「は〜い!」
「食後のコーヒーまだー?」
「少々お待ち下さーい!!!」
「ねぇ、楓ちゃん。今度デート行こうよ」
「暇が出来たらね!」
ワイワイガヤガヤ。
開店と同時にお客さん達が来たかと思えば、あっという間に店内は人で溢れ楓は慌しく接客をしながら仕事をしている。しかし、楓はこの忙しさがむしろ好きだった。皆が楽しそうにしている、この店に来て喜んでくれる事がとても嬉しかったのだ。
「ふぃ〜、疲れた〜」
「お疲れさん。もう休憩入って良いよ」
昼を回りようやく客が引き始めた頃、ゲンから休憩をもらうと楓は裏庭の草原に出て寝転がった。
「はぁ〜、楽しいけど退屈ぅ。お姉さま何しているのかな?」
空を見上げ憧れの霞の姿を思い浮かべる。仕事は楽しい。しかしやはり霞がいなくなってからいまいち充実感が無い。楓は霞と出会った当初から霞の事を慕っていた。強くて綺麗で優雅な霞。自分もそうなりたいといつも思う。
「私も魔法とか使えたらなぁ〜。なんか真似したら使えたりとかしないかな?」
楓は立ち上がり、霞が修行していた時の事を思い浮かべ魔導士の様なポーズを取ると自分の妄想で勝手に思いついた言葉を言ってみたりする。
「えーっと・・・我求めるは、金色の覇者。従順なる僕。今ここにその姿を現し我が敵を討ち払え。えーっとえーっと、とにかくとりゃーーーー!!!」
手をバッ!と前にかざす。
シーーーーーーン・・・・・・
「・・・あっははー!そうだよねぇ。そう簡単に出来るわけないか!」
頭を掻き掻き、恥ずかしそうに楓は笑った。しかし・・・。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!ピシャッ!ゴロゴロゴロ!
突然大地が揺れ、晴れ晴れとしていた空に雷雲が立ちこめ突風が吹き荒れる。
「な、何々!?」
戸惑う楓の前に魔方陣が描かれ始め、さらに気候は酷くなる。魔方陣が完成すると、その陣から眩い光が放たれる。
シュイーン・・・カッ!バフッ!!!
「キャ!」
魔方陣が爆発し、その爆風に楓は飛ばされそうになる。魔方陣からは煙が上がり、何が起こったのか良く分からない。しばらくその魔方陣を見ていた楓は、煙の中になにか白い生き物が居る事に気がついた。よくよく目を凝らしてみると、そこには白い子犬がちょこんと座っている。子犬は後ろ足で器用に身体を掻きあくびをしていた。
「え、えーっと・・・」
「貴方が僕を呼び出したんでしゅか?」
「わ!犬がしゃべった!」
「しゃべったら変でしゅか?」
「いや、変だけど変じゃないかな?」
「うーんと、ここはどこでしゅか?」
「え、ここはエンシフェルムだけど・・・あ、貴方何者?」
「わかんないでしゅ」
「は?」
「気がついたらここに呼び出されていたでしゅ。そういえば僕、何者なんでしゅか?何も思い出せないでしゅ」
どうやらこの子犬、記憶が無いらしい。困った楓はとりあえずその子犬を連れてゲンの元に行く事にした。そしてゲンに事情を説明する。
「ほぉ〜、つまり楓ちゃんがこの子犬を召喚したわけだ」
「そんな召喚だなんて。私ただ、お姉さまの真似をしてみただけなんですけど」
「ふーん。で、このワンコロは記憶がないと」
「はい」
「はいでしゅ」
「おそらく、中途半端な詠唱したせいで召喚魔法が失敗してその反動だろう」
「あの、やっぱり私のせいなんですかね?」
「楓ちゃんのせいって訳ではないだろ。不可抗力だ、そんなもん。それよりもちょっとワンコロこっち来い」
子犬は呼ばれてトテトテとゲンに歩み寄った。ゲンが抱きかかえまじまじと見つめる。
「ほぉー、こいつは現世の存在じゃないな。この世の生き物じゃねぇ」
「わ、分かるんですか?マスター」
「まあな。こいつどうやら魔界の生き物らしい」
「魔界?」
「そ。この世界とは別次元に存在する世界。俺達が生きてる世界以外に魔界と天界っつうのがあってな。まぁ、要は人が死んだ後に行く世界だわ。そのうちの魔界の生き物だって言う事」
「そうなんでしゅか?」
「ワンコロに流れる魔力からするとそうなるな」
ゲンは抱いていた子犬を机の上に置き、タバコを取り出して火をつける。子犬と楓はお互い見つめ合って不思議そうにしていた。
「んで、どうするよ?」
「どうするって?」
「いや、呼び出したのは楓ちゃんだろ。つまりこいつの面倒見てやんなきゃならないだろよ。特に記憶が無いみたいだしな。とりあえず、世話は見てやらねぇと」
「あ、そうですね」
「お願いするでしゅ」
子犬はしずしずと頭を下げた。
「じゃあ、まず名前決めねぇとな。白い犬だから、白ちゃんにでもするか?」
「うーん。白い子犬だから・・・ふっくん!」
「何故・・・」
「とにかく、貴方は今日からふっくんよ!」
「ふっくんでしゅか?」
「そうよ!」
呆れるゲンに楓は子犬を抱きかかえて嬉しそうに自分の顔の前に持ってきた。ふっくんと名づけられた子犬もその笑顔を見てなにやら嬉しそうである。
「貴方は楓シャンって言うんでしゅよね?」
「うん!これからよろしくね!」
「僕の方こそお願いしましゅ」
「ま、名前も決まった所で楓ちゃん。悪いけど、そろそろ仕事に戻ってくれるかな?」
「はーい!ふっくんはその辺で大人しくしていてね」
「はいでしゅ!」
楓はふっくんを降ろし直ぐに仕事を始めた。早々に客が入ってくる。
「いらっしゃいませー!」
今日も今日とて忙しいストロベリー。この喫茶店にまた変わった仲間が増えたのだった。