闇の魔法
「護ちゃーん。ラゼルからお見合いの話の返事の手紙が届いたわよ〜」
嬉しそうに母がノックもせず部屋に入って来た。手紙をヒラヒラ振っている。
「ふーん。じゃ見せて」
護は手紙を受け取ると封を開け手紙を読んでみた。
「ねぇねぇ、どう返事は?」
母が興味深げに聞いてきたので無言で手紙を母に渡した。
「あらあら」
手紙を読んだ母はさも意外そうに言葉を出す。
「だから言ったろ?霞も俺の事仲間位にしか思ってないんだって」
「うーん、残念ねぇ」
「そこに書いてある様に、霞には心に決めたちゃんとした相手が居るんだって」
「護ちゃんは、その霞ちゃんの心に決めた相手って知ってるの?仲間なんでしょ?」
「そんな一個人の恋愛の事まで知らないよ。霞も別に話してくれたわけじゃないし。無理に聞く必要もなかったから」
「あーあ、せっかくの護ちゃんのチャンスかと思ったのに〜。せめて相手を知ってれば勝ち取って略奪愛も良いかなって考えてたんだけど」
「お袋。愛情の押し売りは良くないぞ。略奪愛なんてもっての他」
「それくらいの勢いが貴方にあってほしいって事よ。本当奥手なんだから」
「奥手じゃなくて苦手」
「一緒のことよ」
ハァーっと母は溜め息をついた。どうやら霞の事を相当期待していたらしい。
「とにかく、霞も駄目だったし他に気になる様な女性もデータ書になかったからさ、早く魔法教えてよ」
「ねぇ、こっちから押しかけたら駄目かしら?」
母はまだ、霞の事を諦められないようだ。
「迷惑なだけだろ?こうやって手紙で断るって事は、見合いとして会う気もないってことじゃない。ほら、何時までも唸ってないで約束通り魔法教えてって」
「しょうがないわねぇ。良いわ、教えて上げる。その間も自分で気になる女性見つけるのよ?貴方には積極性が必要なんだから」
「はいはい」
母の言葉を受け流しつつ結界室へと二人は向かった。その途中で輝とすれ違う。
「お、輝!戻ってきたのか?」
「ええ、お久しぶりです王子。お噂はかねがね聞いてますよ」
「まーた。嫌な噂とかも耳に入ってるんだろ?」
「さあ、どうでしょう」
輝は意味有りげに笑った。輝に隠し事は意味をなさない。
「輝、実は聞きたいことがあったんだ」
「東大陸に生じている異変についてですね」
「う〜ん。言うまでもないのなら話しが早い。何か情報持ってる?」
「少しなら」
「じゃあさ、お袋に魔法教えて貰った後、ちょっと力貸してよ」
「ええ」
護は輝と別れると母と共に結界室に入っていく。
「流石だよな」
「どうしたの?護ちゃん」
「いや、輝だよ。何も言わなくともこっちの事情分かってるんだから。流石情報のエキスパートだなと思ってさ」
「まぁ、そうね。輝に知らない事はないって位だし。私達も助かってるわ。でも多くは語ってくれないのよね」
「そこが漢って風味で良いんだよ。余り何でも話すのは良くない。秘密が漢をひきたたせる」
「護ちゃん。それは女性の言う言葉よ?」
「そんなの関係ないない。さて輝も帰ってきているって分かったし、さっさと魔法教えてもらおうかな。俺楽しみにしてたんだから」
俄然やる気を出す護に対し、母はニコニコと笑っていた。母も世話好きだったりするので人に教えるのが好きなのだ。護の世話好きは母譲りから来ているのだろう。
「で、護ちゃん。教えるのは良いけどどんな系列の魔法が習いたいの?」
「ああ。白兵戦で使える大魔法だとありがたいんだけど」
「白兵戦?」
「うん。実はさ」
護はラゼルでオウガデーモン達とやりあった時の事を母に話した。
「というわけでさ。ああ言う高レベルのモンスターがうじゃうじゃいると大魔法を使って吹き飛ばしたいんだけど、そうすると城も吹き飛んじゃうでしょ?かといって、物理攻撃も中々効かないから、やたら時間と体力が無駄に浪費するんだ。そういう状態で建物を吹き飛ばさず、かつモンスターだけを倒せるような中性子的都合の良い魔法ってないかなと」
たぶんないだろうなという感じに母に聞いて見たが予想外の返事が返って来た。
「ふ〜ん。あるにはあるけど・・・。でも貴方闇の指輪持ってるんでしょ?だったら即死系統の魔法も使えるんじゃないの?」
「使えるけどさ。レベルの低いモンスターにしか効かないし、即死させれなかったらダメージも当たらないじゃない。そんなに闇属性を使ったこともないから今のレベルじゃそこが限界なんだ」
「そう。貴方昔はやたら暗闇を恐れていたから、嫌悪しちゃって闇系統はそんなに習得していないのね。今は暗闇には慣れたんでしょ?」
「当然」
「だったら良いのがあるわよ。私闇系統が一番得意だし」
「なに?」
「デスロードって言う魔法でね、結構複雑な詠唱するんだけど護ちゃんの言うように高レベルの相手にも高い確率で効くし、仮に効かなくてもダメージを与えられるの」
「へ〜、言ってみるものだ。そんな都合の良い魔法あったんだ」
自分から話を振っておきながら返って来た答えに感心したりする。
「もちろん。それはね、現在失われた古代魔法の一つ。本来即死だけだったんだけど、それ以外にダメージをプラスしたのは私。だから、純粋な古代魔法というより私のオリジナルに近いかしら」
「ほ〜。魔法を開発するなんてお袋やるね」
「貴方だって風系統では開発してるじゃない。それと一緒よ」
「開発って言っても、そんな複雑な呪文列は作れない」
「まあ、貴方は純粋な魔導士じゃないからね。まあいいわ。とにかく今から言う詠唱呪文列しっかり覚えてね。闇の指輪を持っているなら使えるはずだわ」
「了解」
そう言って母は複雑な詠唱を始めた。魔法というのは唯なんでも出来るという便利なものではない。しっかりとした世界の理に基づき、その理の中に呪文列というものを言霊として口ずさむ事で具現化されるのである。もし呪文列を間違えれば、うまく発動しないどころか自分に牙をむくような危険性も持っているのだ。よって、完全な魔導士ではなく知識の浅い護では、自分の生まれ持った属性の風以外で強力な魔法を使うのは中々難しい。
「今言った言霊が呪文列よ。指輪を媒体にしてやって御覧なさい」
「え、あ、ごめん。速過ぎてよく聞き取れなかったから、もうちょっとゆっくり言ってくれる」
「しょうがない子ね。もう一度言うわよ。・・・我、願いしは冥界および天界を治めるメンの元、ソヌムスを遣わすことを請う。冥界の真無より生みいでし闇の中、浮かび上がるはソヌムスの柔らかき光のみ。彼の者は安息をもたらすが、偽りを我は欲する。無限であり有限なる過去に埋もれし記憶。今それを再び甦らさん。駆け巡る記憶に惑われ、欲するものは安息なれど、掴みし時、永劫の眠りが訪れる。照らし出された死の道、歩むが良い。それをもって我、盟約を果たさん・・・。これが呪文列よ。本来の古代魔法では誓いの言霊はソムヌスとしてあるけれど、それに至高神であるメンをプラスしたもの。覚えたかしら?」
「ああ、なんとか」
ぶつぶつと母の言った言葉を繰り返し頭に叩き込む。おそらく普通の人間が聞いている限りだとさして難しいものではないと思うかもしれないが、これに一文字一句自分の魔力を乗せて魔法として発動させなければならないし、自分の属性ではないので実際問題複雑であるのだ。
「じゃあ、試しに唱えて御覧なさい」
「分かった」
護は注意深く一言一言に魔力を乗せ間違えないように唱える。これは即死魔法であるため万が一間違えようものなら、自分の命に関わる。細心の注意を払いなんとか唱え終わった。
「デスロード!」
護が発動のきっかけ言霊を発した途端、結界室が暗闇に襲われた。一ミリ先も見えない完全なる無の闇である。その闇の中においては言葉すら吸い込まれてしまいそうな雰囲気だった。あまりの無の状態に自分の精神が逆にとてつもない不安を抱き光を求めて護はおろおろしだした。そこにふとほんのわずかな光のような点が浮かび上がる。護は必死になってそこに走り出そうとした。それを母が腕を掴んで制する。
「護ちゃん」
「え、あ、あ、お袋か?」
「そうよ。貴方が暗闇に負けて光に走っていってどうするの。あの光の先に待ち受けるのは完全なる死よ?とにかく、発動するのは分かったから、魔法を解くわね」
母の言葉に呼応して暗闇が消え、元の結界室の景色になった。母が自分の腕を掴んでいるのがようやく目に映る。
「この魔法はね。相手に精神的ダメージも共に与える魔法なの。相手の辛く消し去りたい思い出やトラウマ、自分が最も怖いと思う存在。そういった負の最も強い部分を闇に浮かび上がらせるのよ。だから仮に即死させれなくても精神に相当ダメージを与えられるわ。ただ問題は術者にも影響が出る所ね。現に護ちゃん、危うく自分の魔法で自爆するところだったじゃない」
「ありがとう・・・」
「ま、とりあえず、護ちゃんの精神力ではまだ扱いきれないかしら?もし使うんだったら、こういう状況になる事を覚悟して唱える事ね」
「分かった」
「他に何か教えてもらいたい魔法とかある?」
「え?うーん、いろいろ教えてもらいたいんだけど、とりあえず今日はこれで良いよ。輝に話があるし、なにより今の魔法で相当精神にきたからこれ以上は無理」
冷や汗を少し出しながら、護は断った。一方の母は普段通りの状態でニコニコとしている。
「そうね。今のでかなり無茶しちゃったから、他のは追々教えていきましょ。時間はあるんだし」
「ごめん。せっかく教えてくれてるのに」
「良いわよ。その代わり今度からは本来の姿でやってね。やっぱり本来の姿の方が私気に入ってるもの」
「あ、ああ」
「約束よ?それじゃ、また後でね」
母は何事もなかったかのように結界室を出て行ったが、護は一人になった途端、ドサ!っと座り込んだ。手で汗をぬぐう。
「なんつう恐ろしい魔法開発してるんだよ」
一人部屋に取り残されてぼーっと呟いたが、さっきの暗闇を思い出して急に怖くなり急いで輝の下へと向かったのだった。