チャンス???
「キャー!護ちゃん、素敵〜!」
結界室で約束通り本来の姿になった護を見て、母は黄色い声をあげながら抱きついてきた。
「ち、ちょっとお袋。コーヒーがこぼれただろぉ。熱いって本当」
抱き付かれた拍子にまだ冷めやらぬコーヒーがこぼれて護の手に落ちたのだ。しかし、マレルはお構いなしに抱きついてさらに振り回そうとする。その力を必死で抑えながら、コーヒーがこぼれないようにバランスを取る。
「コーヒーなんてどうだっていいじゃない。何よ、こんなに素敵な男に成長しちゃって!確かにローちゃんの面影を持っているわね。はぁ〜、初めて出会ったときの事を思い出すわ」
母はようやく抱きつくのを止めて、今度はまじまじと護を見つめうっとりと昔を思い出している。
「でも、変ね〜。護ちゃん、性格だって良いし、こんなにかっこいいのに本当に今まで付き合った女性いないの?私だったら絶対放って置かないのにぃ」
「そんなこと言われたって、いないものはいないんだよ。旅先ではずっと傭兵暮らしで戦場を駆け巡ってて出会いなんてないし、アリスのせいでどうも女性には壁を作って接するから、相手も近寄りがたいんだろ。まず普段からして子供姿だし。それよりさ、そんなどうでもいいことより、魔法教えてよ」
「あら、どうでも良くないわよ?人生において恋愛って大切なスパイスなんだから。人間潤いは必要。それにこの国を引き継ぐ立場にある以上、跡継ぎの子供だって作らなきゃならないんだから、そうなるとお見合い結婚になるわ。でも、お見合いより恋愛結婚の方が断然良いし楽しいのよ?特にオフェリアの王子となるとね、お見合いでも政略結婚が多くなるの。護ちゃんだって、見ず知らずの相手と嫌々政略結婚させられるより自分が好きになった相手の方が良いでしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
「有望株だったアリスちゃんは他の人と結婚しちゃったしねぇ」
「あいつと結婚するぐらいなら、政略結婚の方が良い」
心底嫌そうな顔をして護はコーヒーを一口飲む。そんな護を見ながら母は質問を投げかけてくる。
「そもそも護ちゃん。なんで普段子供姿なの?それじゃあ、どんなに良い人見つけても相手にしてくれないわよ?それともなぁに?子供姿になる事で、本当の子供に好きになってもらいたいの?護ちゃん、ロリコン???」
「んなわけあるか。俺は正常な人間だよ。子供姿になってるのは、自然に流れ出る魔力の無駄な消耗を抑えるためになってるだけ。俺は俺なりに強くなるために試行錯誤して姿を変えてるの」
「あらぁ〜?それって言い訳じゃない?本来の姿でも、魔力の自然消耗は抑えられるわ。護ちゃん秘密主義なところは有るしギャップが好きで人を驚かせたがりだけど、それよりも自分から女性遠ざけるためにわざと子供になってるんでしょ?」
心を見透かされたような発言に飲んでいたコーヒーの手が止まる。母はまるで本当のことを言いなさいといった感じの眼で護を見つめている。その眼に護は降参した。
「ふぅ〜、やっぱりお袋か。なんのかんのと言って俺の事はよくわかってるんだな。まぁ、当たらずとも遠からず。お袋が言っている事が七割。魔力の消耗を抑えるのが一割。残り二割は周りの人間を油断させて欺くためってところ。確かに子供にわざわざならなくても魔力の消耗は抑えられるんだよね。後は子供姿の方が何かと隠密行動に適してるからさ。このことは輝に教えてもらったんだ」
「ふ〜ん。やっぱりね。本当に困った子なんだから。自分からチャンスをなくすような真似してどうするのよ。貴方ももう良い歳なんだから、彼女の一人二人は作らないと」
「いや、二股は良くないだろ?」
「そういう意味じゃないわよ!で、本当に今まで旅してて出会いらしい出会いなかったの?輝の話じゃ、なにやらエンシフェルムに定住してたらしいじゃない。風来坊だったら中々良い人と出会っても直ぐ別れちゃう事もあったかもしれないけど、定住してたなら良い人居たんじゃないの?」
「うーん」
頭を抱えた護の記憶の中に一瞬、霞の姿が映し出された。それと同時に自然と言葉が出てくる。
「ま、まぁ、良い人っていえば居なくはなかったけど・・・」
「え!?誰々?どんな人?お母さんに教えてよ!」
「あー、容姿はすごく綺麗だし、性格も明るくてまじめで優しいし。女性が苦手なはずの俺が何故かその人だけとは、不思議と素直になれるというか、自然体で居られるというか」
護はしどろもどろになんとか素直な感想を述べた。母はこの話にかなり喰いついてきたようだ。
「へー、良いじゃない良いじゃない。で、で、その子とはどんな関係まで進んだの?」
「いや、単なる仲間だよ。そんな恋愛として見てきた事ないし・・・。それに立場が、ある国の一人娘で大切な王女様だから俺は、一時的に世話をしただけの関係かな?」
「何よぅそれ。ある国の王女って何処の国の子?」
「え?あ、コペル大陸の大国の一つでラゼルって言う国なんだけど」
「ラゼルって、あのつい最近まで誰かにのっとられて滅びかけてた国?」
「そう」
「へー。確かあそこの国の王女って言ったら、霞とか言う名前だったかしら。かなり綺麗な女性だって聞いてるけど。ローちゃんはラゼルと交流持ってるから、何度か会った事あるんじゃないかしら?見合い相手のデータ書にも入ってたと思うわよ?そう、もう知り合いなんだ。だったら話が早いじゃない。その子ゲッチュ〜!しちゃったら?」
もう決まったかのように親指を立て、ゴーサインを出す母に護は冷静に受け答えた。
「あのね、あっちはそれ相応の立場があるんだよ?唯でさえ、国の復興に勤しんで今は大変な時期。しかも王様方が命を張ってまで逃がしたたった一人の大切な娘。ようやく国を取り戻せて霞も戻ってきてこれからって時に、大事な王女という象徴がいなくてどうするの。簡単にゲットしろといったって土台無理でしょ?」
「そんなこと言ったら、貴方だって十分過ぎるほどの立場持ってるじゃない。地位的にも政略的にも申し分ないわよ?それとも何?まさか護ちゃん。自分がオフェリアの王子って事誰にもしゃべってないの?」
「悪い?」
しれっと答えた護に母はかくんっと肩を落とし、手を額に当てた。
「護ちゃん。秘密主義も良いけど、それくらいは教えてあげた方が良いわよ。そりゃ、誰にでもペラペラしゃべる事でもないけど、せめて仲間だと自分が思っているなら教えてあげなきゃ。霞ちゃんはちゃんと自分の事教えてくれたのでしょ?貴方ももう少し、王子としての自覚持ったら?仲間にぐらい言わないと、その方が相手に失礼よ?」
「そ、そう?でも、どちらにしたってゲットするのは無理じゃない?相手の気持ちだってあるし、特に霞なんて、さっきも言ったけど、これからラゼルの復興に大忙しになるんだから相手してる余裕だってないでしょ?レイン様達だって凄く期待してるし。俺が絡んだら迷惑じゃ・・・」
「護ちゃん。貴方もローちゃんの血を引いてるなら、オフェリアだけじゃなく、ラゼルも面倒一緒に見てやるぞ!ってくらいの勢いがなくてどうするの。護ちゃん、変な所で気を使うんだから」
「むぅぅ」
護は母に言われ自分の器の小ささに改めて落ち込んで、自分を慰めるかのように冷めたコーヒーを一気に飲み干した。母が言うとおり、もし父だったらそれぐらいの勢いを持って本当に両国の統治をするだろう。
「ま、まあ、それは置いといて。本題の魔法を教えてよ」
話を逸らした護に母は追い討ちをかけ、また話を元に戻しに掛かる。どうやら霞の事が気になっているようだ。
「ダーメ。せっかく護ちゃんにとって良いチャンスなのに、魔法を教えている場合じゃないわ。もしかしたら、このまま一生運命の出会いなんてないかもしれないんだし、その霞ちゃんをものにするのよ!」
「あのね。ものにするって言ったって、さっきも言ったけど相手の気持ちだってあるし、第一俺、まだそんな恋愛対象として見てる訳じゃないからさ。唯の仲間だって思ってるんだよ?そんな運命の出会いとかじゃないって」
「護ちゃん。チャンスって言うのはね、何処にでも転がっているものなの。でも誰もそれに気づかないだけで、そのチャンスを逃しているのよ。ちょっとした意識の持ち方を変えたり行動してみたりで、チャンスは掴めるのよ。今の護ちゃんはまさにそう。世界一強くなりたいと思っているなら、そういった何処にでも転がっているどんな些細なチャンスも活かせれるようにならないと夢は叶わないわよ?もっと視野を広く持たなくちゃ。ただ魔法が強力だとか剣技が凄いとかだけじゃ本当に強いとは言えないわ」
「うーん」
「なんにしても、貴方だってこの国の跡継ぎとして否が応でも結婚して未来永劫良い国にしていかなきゃならない立場に立っているの。立場に唯でさえ縛られてるのにそれ以上に自由を奪われるのは護ちゃんだって嫌でしょ?だったらせめて結婚相手とかくらいは自分の好きな人にした方が絶対良いと私思うけど。違う?」
「いや、違わないけど違うよ。だから俺まだ霞の事好きだとか感じてないし・・・」
「それは気づいてないだけかもしれないわ。いえ、別に霞ちゃんじゃなくても他の人でとにかく自分の運命の相手は見つけるのがベスト。夢を追い続けるのも良いけど、そっちの事もちゃんと考えておかなきゃ。とりあえず、ローちゃんの持ってきた見合い相手のデータ書類見てみなさい。そうね、今日はそれから始めましょ。それが終わってから魔法を教えてあげる」
「あ!ずりー!約束と違うじゃない」
「それとこれとは話が違うわよぉ。それにこれだって十分魔法の修行よ。守りたい存在を見つけてメンタルを強くしなきゃ。魔力はメンタルに比例するから、相手が居るか居ないかでかなり変わるの。私もローちゃんも出会ってから格段と魔力の許容量は上がったんだから。という訳で、護ちゃんは今すぐ部屋に戻ってデータ書を見て気に入った相手を見つけること。それじゃ私、ローちゃんの所に戻るから。良いものも見せてもらったし、じゃっあねぇ」
「おい、お袋!」
護の呼びかけにも応えず、母はルンルンといった気分で護に指示を出し結界室を出て行った。
「ったく、なんだよ。なんか良い風に言いくるめられた感じだなぁ。はぁ〜、すっごい魔法とか教えてもらえると期待してたのに・・・。しょうがない。見合いデータ見に行くか」
期待を裏切られがっくりとうなだれた状態で、護も結界室を出ると部屋に戻り膨大な数のデータ書に目を通し始めた。