第一章第一話
この作品は、未完結のまま途中で連載を終了していますが、別タイトル「風の名のもとに・M」の方にて続きを書いておりますので、よろしかったらご覧ください。
2年程前、国同士の争いが絶えなかった時期、戦場を駆け抜ける一人の男がいた。その男はまだ若く、長い黒髪に黒のマントをはおい吸い込まれそうな漆黒の剣を携えていた。彼は戦場では英雄であり恐怖の対象でもあった。風のように戦場を走り抜き、彼の過ぎ去った後には無数の屍が積まれそのあまりの強さに人々は畏怖の念を込めこう呼んだ。
「漆黒の疾風」と・・・・・・
雨が降っていた。正直そんなことはどうでもよかったが、ぐっしょり濡れた服が重みを増し疲労した身体にさらにのしかかってくることだけがうざったかった。今はそれすらも気にかける気力もない。いや、性格によるものか?
「疲れた・・」
へとへとになりながら、風神 護は呟いていた。もうどのくらい歩いただろう?辺り一面森に囲まれた街道は既に暗くなり始め、不気味な静けさをかもしだしている。
「街まで後少しのはずなんだが・・」
お腹がすいて頭の回らない中、護はそんなことを思っていたが、考えてみればここ数時間何回も考えた気がする。そういえば今日一日何も食べていなかった。普段あまりそういったことは気にしないが、この状況自体が予想外であったため食べておけば良かったと今更少し悔やんだ。ふと横を見ると、一見しただけではわかりづらい獣道があることに気がついた。普段なら気にもとめないところだが何故か気になって獣道を奥に進んで行く。しばらくすると開けた場所に出た。それなりの広さがあり中心に泉ようなものがあって女神像のようなものがそばに立っている。
「ここで少し休んでいくか。」
護は雨宿りできそうな大きな木の下腰を下ろした。ここは他の場所と違い空気が澄んでいて、居るだけでとても落ち着いて気持ちが良くなっていくのが感じられる。
「風竜穴のあるところか?」
護はすぐに気がついた。風竜穴とは大地の精気が風となって集まる場所のことなのだが、風の恩恵を受け風使いである護にとってはもっとも居心地の良いところであり、回復するのにもってこいの場所である。
「こんなところにあるとはな。気に入った、結界でも張っておくか。」
神経を集中させ軽く歌うように呟く。護の周りに風が集まり、それが広がって広場を包み込むようにしてやがて消えていく。
「これで良しっと」
気に入った場所を見つけると度々こういう結界を張るのだが、結界を張ることで限られた人しか出入りできなくなり(正確には、次元がずれて気づかれなくなる)危険なモンスターなどが入ってくることが出来なくなるのである。しばらく休んでいると雨が小降りになってきたので重い腰を上げ行くことにした。もとの街道にもどりまた歩き出す。五、六分歩いただろうか、ほのかに明かりが見えだしてきた。さらに近付くと少し大きめな建物が建っている。2階建ての建物で入り口の上に「ストロベリー」と書いてある看板がある。中からコーヒーの臭いとパスタの美味しそうな臭いがしてきて空腹を余計に刺激する。どうやら喫茶店か何かのようだ。
「いらっしゃい」
ドアを開け中に入るとカウンターから男が声をかけてきた。歳は30才ぐらいか。頭にバンダナを巻きサングラスをしてヒゲを生やしている。どうやらここのマスターらしい。護はそのまま黙ってカウンターの一番端に腰をかけた。客は護以外にいない。お腹はすいてはいたが、あまりの疲れのせいか注文をしかねていた。とにかく休みたくてしょうがない。さっきの場所で休息は十分にとったはずなのに何故こんなにも身体に重みを感じるのだろう?それは、決して雨に濡れたせいだけではなかった。
実は、数年前からそうなのだ。なにか、自分の中で欠けてしまったものがあるような、その空白の部分を埋めるように気力が奪われていく。それがなんなのかは護にもわからなかったがそういう風には感じていた。
「飲みな。暖まるぞ」
突然、目の前にマスターがコーヒーを出してきた。
「えっ?でも、注文してないが・・・」
「気にするな、俺からのおごりだ。おまえみたいな奴を見ているとつい出したくなるんだよ」
マスターはタバコに火をつけながら言う。
「辛い孤独だな・・・。おまえ、なんでそんな捨てられた子犬のような眼をしてるんだ?」
その言葉を聞いて護は一瞬驚いた。心を見透かされたような気がしたからだ。外はまた次第に雨がひどくなっている。少しの沈黙の後、護はコーヒーに手を伸ばした。
「いただきます」
「腹も空いているだろう?なんか作ってやるから待ってな」
そう言って、マスターは奥に引っ込んでいく。
「不思議な人だ」
護は思った。まるで自分が望んでいるものを分かっている様な感じだ。喫茶店のマスターってみんなこんな感じなんだろうか?そんなことが頭をよぎったが、口に入れたコーヒーの温かさがすぐに忘れさせてくれる。とてもおいしいコーヒーだった。 コーヒーを半分程飲み終えた頃、奥からマスターが料理を運んできてくれた。パスタのようだ。
「もう閉店だったんでな。あり合わせのものしかできなかったが味については保障する。もちろんこれもお代はいらないからな」
「いや、金は払うよ」
「なに、気にするな。俺がしたくてしてることだ。遠慮せずに食べな」
「そうですか・・・。すみません。では、ありがたくいただきます」
護はお腹もすいていたため、ここは遠慮せずマスターの好意に甘えることにした。しかし、何故こんなに自分に優しくしてくれるのか不思議でならない。何か理由でもあるのか。それとも、ただそういう性格の人なのか。パスタをほおばりながらそんなことを考えてみる。
外は、ますます雨がひどくなっていく。風も出てきたようだ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
護は食べ終わって軽くお礼を言い、まだ残っていたコーヒーに口を付ける。ようやく一息つけた感じだ。
「で、この町には何の用があってきたんだ?」
いきなりマスターが質問してくる。
「この町はこれといって戦争もなく平和なところだ。あんたのような人には、あまり用のないところだと思うが・・・。漆黒の疾風さん」
護の手が一瞬固まる。そのとき雷が走り二人を照らした。しばらく続く沈黙。最初に口火を切ったのは護だった。
「俺のことを、知っているんですか?」
「そりゃね、こういう商売してるといろいろな情報が回ってくるし、いろんな奴を見てきたからな。あんたを見たときすぐに分かったよ。髪の色は噂とは違っていたけど、かもしだしている雰囲気で、なんとなくな・・・」
「そう。ばれないようにしてきたつもりだったんですが。別に用が有るわけではありません。ただ、当てもなく旅をしているだけです」
少し護の表情が暗くなる。
「そうですね、言うなれば自分の居場所を探しているとでも、言っておきましょうか」
軽く微笑んでみたが明らかにぎこちないのが、護は自分でも分かっていた。
「しかし光栄だな。あの伝説にまでなっている漆黒の疾風に逢えるとは」
「いえ、ただの旅人ですよ。それから、あの、やめてもらえませんか?その漆黒の疾風っていうの。俺、その呼び名好きじゃないんです・・・」
マスターは意外そうな顔をしていた。少し驚いたようである。
「じゃ、なんて呼べばいいかな?そういえば、名前聞いてなかったな。俺の名前はゲンっていうんだ。周りにもそう呼ばれいている。あんたは?」
「風神、護です。護って呼んでくだされば、結構です」
「護か・・・。それじゃ、護。何故漆黒の疾風の呼び名が嫌いなんだ?世間じゃ知らぬものはいないほどの有名人じゃないか?別に悪いものでもないだろ?
「・・・・・・。その名は、戦争の中で付けられたものです。確かに周りがなんて言おうが俺は対して気にもしないし、それに意味を感じるわけでもないです。でも・・・」
「でも?」
「俺は、戦争は嫌いなんです。できることなら平和に穏やかに生きていきたい。ただ、修行中のやむを得ない状態だったとはいえ、その嫌いな戦争の中でついた呼び名はどうしても好きになれないんです」
「なるほどね」
そう言うとゲンは護の食べ終わった食器を片づけ、また新しくコーヒーを入れてきてくれた。
「嫌がっているところまた触れるのは気が引けるんだが、ちょっと、聞いても良いか?」
「どうぞ」
「漆黒の疾風と言えば、噂じゃ黒髪に黒のマント。そして黒剣を携えてるって話だったと思うが・・・髪の色は違うな。それか?噂の黒剣は?ちょっと剣も見せてもらっても良いか?」
「はい」
護は剣を手渡す。ゲンは剣を抜いてみた。よく手入れのされたロングソードである。しかし、色はシルバーの色をしている。
「普通のロングソードだな。ますます噂と違うな。やっぱり、噂なんて当てにならないものなんだな」
そう言って剣をさやに収める。それだけ噂と違っていながら自分の正体を見破ったこの人は一体何者なんだ?とふと、護は思う。とりあえずこの人には本当のことを言っても良いような気がしたので、正直に教えることにした。
「違ってませんよ。俺、姿をある程度変えることが出来るんです。だから、普段も本当は子供の姿になっていたりもします。素性を隠すためでもありますが、子供の姿になるのはその方が余分な気が流れず体内にためることができるし、エネルギー消費を抑えるためでもあります。黒の剣は、あれは自分で魔力によって生み出すものなんで、普段はこのロングソードを持ってるんですよ。髪は、なんて言うか、戦いの時とか我を忘れたとき、本気になったときなんかに勝手に黒くなるんです。マントはただの趣味ですが」
「そうなんだ。要は、戦争の時と普段の時は全然違うってことか。いや、むしろわざとそうしているといったほうが良いのかな?」
やはり心を見透かしたような答えが返ってくる。このゲンって人もただ者じゃなさそうだ。
「そうですね。まあ、そうなります」
軽く応えてから、また護は考えていた。何故こんなことをしゃべっているのか?しかも初対面の相手にだ。普段はこんなにしゃべることはない。昔は、結構おしゃべりな方だったが、ここ何年かで、いつのまにかしゃべることが無くなってきていた。
このゲンという人は、何故か安心の出来る人のような気がするのだ。初対面なのに、まるで昔からの親友であったような錯覚に陥る。喫茶店のマスターという人にそんな会ったことはないが、この人の漂う風格みたいなものが他のマスターとは明らかに異質で特別なもののように感じる。
「旅してるっていってたよな」
ゲンがタバコの火を消しながら聞いてくる。
「長いのか?」
「そうですね。もうかれこれ、3年ぐらいになりますか。ちょっとした事情がありまして」
「居場所を探すっていうやつか?さっき言っていたが・・・」
「いえ、それはこの旅の途中で思ったことです。少し疲れたんですかね。まあ、自己の修行のための旅といったところですよ」
「そうか」
ゲンはまたタバコを取り出し、火をつける
「今日はもう遅いが、宿とかは決まってるのか?」
「いえ、ついさっきようやくついたところで、まだ何も決めてないんです」
「旅って言っていたが、この先何処か行こうとしてるところでもあるのか」
「いえ、それも決まっていません。風の向くままっていうんですかね。そういう旅です」
少し考え込むようにゲンはタバコを吸い、煙を吐き出してから意外なことを言ってきた。
「あんた、居場所を探してるとも言ったよな?ここは、至って平穏でつまらんところかもしれんが、どうだ、しばらくこの町に腰を据えてみる気はないか?」
「え?」
「宿のことは気にしなくても良い。ちょうど二階に空いてる部屋があるから、そこを使ってくれて一向にかまわん。どうだ?」
このいきなりの申し出には驚いた。この人が何を考えているのかさっぱり分からない。
「しかし・・・」
「あんたには今こういった場所が必要だ。あんたを見てるとよく分かる。いらんお節介かもしれないが、これも何かの縁だろう。正直、何故自分でもこんなことを言っているのかよく分かってないんだが。ただ、どうもほっとけなくてな」
護はこの申し出に悪い気はしていなかった。確かに目的のある旅でもない。居場所を求めてるというのも本当のことだ。この町のことはまだよく分かっていないけど、近くに風竜穴もあるし、なによりこのゲンという人に興味を持った。この人にしばらくつきあってみるのも良いかもしれない。正直なところ、そろそろ旅には疲れを感じ始めていたところでもあったことが、そう感じさせるのかもしれない。 あれこれ考えていたが答えは既に出ていた。
「そうですね。少しこの町に、滞在してみることにします」
「そうか。それなら部屋は自由に使ってくれてかまわないから、自分の家だと思ってくつろいでくれよ。ちょっと時間帯によっては騒がしいときはあるかもしれないがな。ああ、家賃のことも気にしないでくれ。無料でいいよ。こっちから誘ったことだしな」
「何から何まですみません。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「なーに、良いってことよ。とりあえず、今日はもう疲れたろう?もう休んだらどうだ?部屋は一番奥の部屋を使ってくれ」
「そうですね、正直へとへとなんですよ。それじゃ、休ませてもらいますね」
「おう。あ、そうだ。一つ言うの忘れてた」
「なんです?」
「いや、これからよろしく」
ゲンが手を差し出してくる。
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」
手を握り返して、護は二階に上がっていった。 二階に上がると直線の廊下が伸びていて、右側に2つドアが等間隔で並んでいた。さらに奥に進むと突き当たって右に曲がったところにもう一つ部屋があり、どうやらここが護の部屋らしい。開けてみると中は10畳ぐらいの大きさで向かって右側に少し古びたベッド、入って目の前に窓があり、その下、少し左に簡易机が置いてあるぐらいの質素なところだった。
「本当に、疲れた・・・」
護はそのままベッドに倒れ込む。空腹が満たされたのがプラスされて横になった途端、急に眠気が襲ってきて、護は抗うことなくそのまま眠りに落ちていった。