いそうろう。いや、父親でそうろう②
泣き続けている男を背にして、けいこは、部屋の中がかなり薄暗くなっていることに気づいた。「そろそろ電気、つけよっか。」と、あきとに促した。こくりと首を動かして返事をしたあきとは、蛍光灯の下に垂れ下がっている紐を引っ張り、明かりをつけようとした。ちょうどその時、両腕で自分の涙を必死に拭きながら、男がもさっと起き上がった。そして、ふらふらしながら二人のほうへ近づいてきた。二人は身構えて、男が通るであろう通路を遮らないように、それぞれ両端に避けた。男はそのまま通り過ぎるのかと思いきや、そこですとんとしゃがみこみ、自分の両手を広げて子供達を引き寄せた。けいこは、「え。ちょっと、何。」と驚き、あきとも「も、もう言わないから。」と、戸惑い少し慌てながら言った。男は無言で、二人を自分の両腕で持ち上げようとしていた。しかし、毎日酒びたりの生活で、ろくに食事もしなかったせいか、なかなか持ち上がらない。男の顔は次第に赤くなり、どんどんそれは風船のように膨らんだ。それでもまだ二人を持ち上げようと、ひたすら踏ん張っていた。二人は最初、また自分達に何かをしてくるのではと思っていた。しかし、そんな男を見ているうちに、そしてさらに身近に触れたことで、父親という存在を意識し始めてきていた。突然現れた日のことや、酒びたりの生活を振り返っていた。結局、男は二人を持ち上げることは出来なかった。すると、ふうふうと息を切らしながら、二人をさらに引き寄せ抱え込んだ。二人はそのまま、男のそばでじっとしていた。男は、「大丈夫だ。もう何もしねえ。安心しろ。」と、二人の耳元でそっと呟いた。二人はその言葉を聞き、ようやく安心することが出来た。本当に安心したのだろう。あきとはその父親の肩につかまりながら、わんわんと泣き出した。それを見てけいこも、うっすらと眼に涙を浮かべていた。そしてこれからは、もっといろいろ話をしてみようかな、そう思い始めてきた。最初から、全く良い印象など見当たらなかった男であり、けいこは好きではなかった。そして大嫌いと伝えてしまった。けれども男は、今こうして私達を抱え込んでいる。なんだか気持ちが楽になっていくのがわかった。そしてそうしているうちに、あることに気づいた。わんわんとまだ泣いている弟。その横顔を見て「ちょっと似てるかも・・・。」と、一人微笑んだ。すると、そんな三人を包み込むかのように、ふわっと蛍光灯の明かりが灯りだした。けいこは、いつものあの香りを密かに感じ取っていた。
少しづつ距離が近づいてきた三人。次回、「思い出の川にて」お楽しみに。




