表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

この、浮気者ーーーっ!!

作者: 弥生いつか
掲載日:2026/06/25

※ざまぁ優先のゆるふわ設定


「アーロン様、今日もキャロル様のお見舞いですか?」


 私は笑顔で婚約者であるアーロン・フォン・ローゼンタール公爵子息を見送った。金色の髪を優雅に揺らし、青い瞳を細めて微笑む彼は、まるで絵画から出てきたような美青年だ。


 私の父は辺境伯で、彼の家は王都の有力貴族。幼少期からの婚約は、両家の絆を深める為のものだった。


「ええ、リリアーナ。キャロルはまた熱を出してしまってね。君も心配してくれると嬉しいよ」


 アーロンは私の手を優しく握り、額に軽く唇を寄せる。優しい仕草。でも、私は知っている。彼がキャロル・エヴァンスの屋敷に向かう足取りが、いつもより軽やかになることを。


 キャロル・エヴァンス。彼女はアーロンの幼馴染で、幼い頃から病弱。肺を患い、ベッドからほとんど出られないという。美しい銀色の長い髪と、儚げな紫の瞳。まるで物語のヒロインのような少女だ。


 私はリリアーナ・フォン・グランツェン。辺境伯爵家の長女として、しっかり者で知られている。キャロルの体調を気遣い、アーロンが頻繁にお見舞いに行くのも「当然のこと」として受け入れてきた。


 花束やお菓子を用意し、「どうかよろしくお伝えください」と微笑むのが私の役目だった。


「行ってらっしゃいませ。アーロン様」


 馬車が去るのを見送りながら、私は胸の奥に小さな棘が刺さるのを感じていた。でも、それを言葉にするのは野暮だと思っていた。


 


 数日後、突然の報せが来た。


「リリアーナ様!ブラッド様が熱を出し、床に伏せっておられます!」


 ブラッド・ヴァレンタイン。私の幼馴染で、グランツェン領の騎士団長の息子。幼い頃から一緒に泥んこになって遊んだ、明るく豪快な青年だ。


 赤みがかった茶色の髪と、力強い緑の瞳。剣の腕は領内一と言われ、アーロンとは正反対の、太陽のような男。


「えっ、ブラッドが? すぐに準備するわ!」


 私は慌てて従者のメアリーを連れ、馬車でブラッドの屋敷へ向かった。病弱なキャロルとは違い、ブラッドは滅多に倒れない。珍しいことだった。ブラッドの部屋に入ると、彼はベッドで苦しげに息をしていた。頰が赤く、額に汗が浮かんでいる。


「ブラッド、大丈夫? 熱、すごいじゃない…」

「リリアーナ…来てくれたのか。悪いな、忙しいのに」


 彼は弱々しく笑った。私はメアリーに指示して冷たい布を用意させ、額に当て、薬草茶を飲ませた。幼馴染として当然の行為だ。アーロンがキャロルにするように。


「熱が下がるまでここにいるわ。安静にしていて」


 私はベッドの横の椅子に座り、手を握った。ブラッドの大きな手は熱く、でも安心する感触だった。数時間過ごし、熱が少し下がったのを確認して、私は屋敷を後にした。その日は何もなかった。


 翌日の午後、アーロンが私の屋敷に訪れた。いつもの優しい笑顔ではなく、眉を寄せ、冷たい視線を向けていた。


「リリアーナ。君は昨日、ブラッド・ヴァレンタインの部屋に行ったそうだね」

「ええ、熱を出したと聞いて。お見舞いに」

「異性の部屋に、しかも一人で?」

「メアリーを連れていきましたけど…何か問題でも?」


 アーロンはため息をつき、呆れたように言った。


「病人だろうと、異性の私室に入るのは浮気だよ。君は私の婚約者として、もっと自覚を持ってほしい」


 一瞬、頭が真っ白になった。


「…浮気?」

「そうだ。キャロルは女性だから問題ないが、君は違う。男の部屋に入るなど、世間体が悪い」


 私はゆっくりと息を吸った。胸の奥で、何かが音を立てて崩れていく。


「アーロン様。あなたは毎週のようにキャロル様の部屋に通っていますよね。長い時間、二人きりで」

「それは見舞いだ。キャロルは病弱で、僕がいないと不安がるんだ」

「ブラッドも熱を出して苦しんでいました。私はただ、幼馴染として看病しただけです」

「違う。君の場合は浮気だ」


 その瞬間、私の中で何かが決壊した。


 今まで積もり積もった疑問、棘、違和感が一気に溢れ出す。


「つまり…あなたは今までずっと、私に浮気をしていたという事ですね?」


 アーロンの顔がわずかに歪んだ。


「何を言ってるんだ。僕はただ——」

「キャロル様の部屋で、何時間も二人きりで。何をしていたんですか?病弱な彼女の看病? それとも…もっと親密なことを?」


 私の声は震えていた。でも、怒りが勝っていた。アーロンは言葉に詰まった。その沈黙が、全てを物語っていた。


「この、浮気者ーーーっ!!」


 私は思い切り右手を振り上げ、アーロンの頰を全力で叩いた。


 乾いた音が広間に響く。


「リ、リリアーナ…!」

「今まで我慢してきました。あなたがキャロル様を大切にするのを、理解しようと努力してきました。でも、あなたは私の行動を『浮気』と決めつけ、自分のことは棚上げ。最低です!」


 涙が溢れてきた。でも、これは悔しさの涙ではない。解放の涙だった。


「婚約破棄します。アーロン様。あなたのような人と、一秒も一緒にいたくない!」


 アーロンは頰を押さえ、信じられない顔で私を見ていた。


「待てよ、リリアーナ。君は僕を失ったら——」

「失う? 私はあなたを得たことなんて一度もないわ。ずっと、キャロルの影に怯えながら生きてきただけ」


 私は叫んだ。使用人たちが慌てて集まってくる。


「お父様!お母様!婚約破棄をお願いします! アーロン様が浮気していたのです!」


 私のお父様とお母様は驚きながらも、私の話をじっくり聞いた。母は涙を浮かべ、父は厳しい顔でアーロンを睨んだ。


「ローゼンタール公爵家に、正式に婚約破棄を通告する。理由は婚約者への不誠実」


 アーロンは必死に弁明した。


「誤解です!キャロルはただの幼馴染で——」

「では、リリアーナがブラッドを見舞ったのも同じはずだな?なぜそれが浮気で、お前のは違う?」


 お父様の言葉に、アーロンは何も言えなくなった。その日のうちに、婚約破棄は正式に決定した。王都の社交界に衝撃が走った。


 婚約破棄から一ヶ月後。キャロル・エヴァンスの病状が悪化し、アーロンが毎日通う姿が目撃された。しかし、世間の目は冷たかった。


「病弱を装って公爵子息を誘惑した」

「本当は体は丈夫なのに、男を虜にするために寝込んでるんじゃないか」


 そんな噂が広がった。キャロルはベッドで泣き、アーロンは苛立っていた。


 一方、私は解放された気分だった。ブラッドは回復し、私の屋敷に頻繁に訪れるようになった。


「リリアーナ、俺のせいで婚約破棄になったんだろ?責任取るよ」

「責任じゃなくて…好きだから一緒にいてほしいわ」


 彼の大きな手に包まれると、安心した。ブラッドは笑い、私を抱きしめた。


「ずっと、お前が好きだった。俺はお前を守る」




 王都の舞踏会で、アーロンと再会した。彼は痩せ、目が落ちくぼんでいた。キャロルとの関係も、周囲から白い目で見られ、公爵家内でも問題になっていた。


「リリアーナ…もう一度、やり直せないか?」

「冗談じゃないわ。浮気者のあなたに、何の価値があるの?」


 私はブラッドの腕に寄り添い、堂々と答えた。


「私は今、幸せよ。病弱な幼馴染に奪われた男なんて、最初からいなかったわ」


 アーロンの顔が青ざめた。キャロルも社交界に出られなくなり、噂はさらに悪化した。病弱を演じていたという証拠まで出てきたらしい。彼女の本当の病は「恋わずらい」だったのかもしれない。


 辺境領に戻った私は、ブラッドと正式に婚約した。父は大喜びで、「本物の男を選んだな」と笑った。


春の花が咲く庭で、ブラッドと手を繋いだ。


「健康な身体でずっとお前を守り続けるよ」

「ありがとう、ブラッド」

「リリアーナ。お前はもう、誰かの影に怯えなくていい。俺はお前の前でしか、太陽にならないから」


 その言葉に、胸の奥が熱くなった。 アーロン様が与えてくれなかったもの。

 キャロル様が独占していたもの。

 全部、ブラッドは最初から持っていた。


 私は踵を上げ、彼の唇にそっと自分の唇を重ねた。初めての、自主的なキス。


「…好きよ、ブラッド」

「ああ、俺もだ。死ぬほどな」


 遠くでメアリーが「まあっ!」と声を上げ、使用人たちがくすくす笑うのが聞こえた。




 これからは、私が愛される側になる。 辺境の風が、甘く香る花びらを運んでくる。

 ここが、私の新しい物語の始まりだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
中々理想的で美しい軌道を描くブーメランでしたね! 自分の行動を棚に上げて、同じ事(お見舞い)を婚約者にしたら浮気だと責め立てるとは、人間としての器が小さすぎてペットボトルの蓋かと思いましてよ。
幼馴染みの話でこう言った返しの話を待ってました。 自分で浮気してましたって自白しているのだからアホですよね。 面白い。
自分の行いは棚に上げて一方的に攻めるんだからそりゃ周りも同情しないと思う 面白かったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ