4.公爵夫人の采配
「ジェームズ、不届者を無力化しなさい」
エメリは、騎士団長に一言だけ命令する。
訓練された軍団には、それで十分であった。
騎士団および衛士たちが次々と男たちを後ろ手に縛りあげていく。人数差が顕著になり抵抗する者もいない。
まさか、叔母様が。
アイーダは逆転された形勢が、もはや戻らないことを悟った。
エメリはアイーダを一瞥し、レナンドの前に進む。
「大体のあらましはハワードから聞いていますが、この体たらくについてはどうしたことですか。レナンド、説明なさい。なぜアイーダちゃんがここにいるのかも」
レナンドが少し考えてから応じる。
「はい、母上。この方々は鉱山労働者組合の面々。アイーダはそこの代表代理としてパーティーに参加するためにやって参りました」
「そう、アイーダちゃんが」
流石にその立場は意外だったのか、アイーダの顔を見つめるエメリ。
「叔母様……。もういいでしょう、レナンドお兄様」
観念したような顔をするアイーダを、レナンドは手で制す。
エメリはその様子を見ながら畳んだ扇子で手を一つ打つ。
「双方の意見の相違から多少のいざこざになりかけましたが、ジェームズのおかげで乱闘にまでなる前に収まりました。大変喜ばしいことです」
そういうことに「する」つもりか。
エレーナは、レナンドの考えを理解した。
暴行事件、領民とのいざこざを公式なこととするのは領主としての利が薄い。ここに来たゴロツキを捕らえたとて、根本的には何も改善しない。溝を深め、政治基盤の不安定さを露呈させ、民衆をいたずらに不安にさせるだけだ。
アイーダもそう。今は平民の身。公爵家を脅迫、暴行を示唆したと真っ当に裁けば最悪は死罪。しかしアイーダ・ロックバードの名はその結果による領民への影響が大きすぎる。
「ああ、門番をのした者は暴行の罪を償ってもらう必要がありますね。労働使役一年というところでしょうか」
レナンドはその点だけに事件を矮小化しようとしている。
アイーダのためではない。自分たちと、公爵家の利のために。
エメリが扇を広げ、口元を隠す。レナンドの意思が伝わった証拠だ。
「なぜ鉱山の労働者がここで意見を?」
落とし所の調整。
その探りが始まる。
エレーナは無難なところから答える。
「私たちが示した保険制度について、少々意見の相違がありまして」
露店登録には触れない。元々が組合の領分ではないからだ。
「鉱夫に荒っぽい者が多いとはいえ、それだけで乱闘になりかけるでしょうか」
それでは弱い、と。そう仰っている。
「銀山で発展した領地ですので、しがらみは何かと多うございまして。上役であるアイーダのために下が暴走したきらいは否定できません」
エレーナが笑顔で付け加える。
アイーダがけしかけたところをエメリ様は見ていない。内心勘付いているだろうが、そのような事実はなかったと、まだそうできる。
エメリの表情に変化はない。目線だけアイーダに移す。
「そうですか。中で詳しくお話を伺いましょう。衛士たちは門番に直接暴行をした者を炙り出して捕えなさい。他の者は拘束を解いて待機させておきなさい。ただし、まだ解散させてはなりません。ジェームズは私と来なさい」
「かしこまりました」
ジェームズが騎士の敬礼をする。
「では参りましょう。我が家としての判断が必要ですから」
*
「アン、あなたも外してください」
「かしこまりました、奥様」
屋敷の応接間。
エレーナ、レナンド、アイーダ、そしてエメリが席につく。護衛としてジェームズがエメリの後ろに立つ。
「アイーダちゃん。少しだけ公爵家のお話をいたしましょう」
アイーダは無言で頷く。
「ラッドフォード公爵家は、平時で三百の兵を動かせます。戦の場となれば千ほども。ご存知でしたか」
「いえ……具体的には」
アイーダは伯爵家の兵力を思い出す。平時で五十。組合ですら兵隊となる要員は百もいない。組合員は千に近いが、多くは単なる鉱夫である。
「事業の話をしましょうか。ラッドフォード家はウォード侯爵家と事業を展開しております。鉱山事業だけでも採掘から加工、貴金属の出荷まで。これはご存知でしたか」
「……はい、存じております」
エレーナの元婚約者、ロイズから聞いた話だ。苦い記憶が蘇る。このためにロイズの家はラッドフォード家との縁を欲していた。
「抱える鉱山は九つ。金、銀、銅、鉄。この領地の鉱山は?」
「銀山が、二つ」
エメリの目的はアイーダにも痛いほどよくわかった。
つまり、伯爵家とは格が違うのだから、小さな領地の裏組織による抵抗など無駄であると言いたいわけだ。
アイーダが幼い日から嫌というほど刷り込まれてきた常識が覆される。貴族にも手出しができない、近づいてはならないこの街の裏側。しかしそれは、あくまで伯爵領としてのバランスであった。
「アイーダちゃん、貴女はその組合に顔が効くのね?」
「……はい。このように、組合長の代理を任される程度には」
エレーナの記憶によれば、学友としてのアイーダは優秀であった。だから同じく優秀であったエレーナと自然と友人になったのだ。
幼稚な理屈で道を踏み外しはしたものの、地元の人気があり、才色兼備な元領主の娘である。平民らに混じって頭角を現さないはずがなかった。
「エレーナさん。この屋敷は迎賓館にするのでしたわね」
「はい、その予定です」
エメリはしばし考えてから口を開く。
「アイーダちゃん、あなたは私の下につきなさい。そして迎賓館の差配役としての職を与えます」
「えっ?」
アイーダはあまりにも意外な話に目を丸くする。
なるほど、そう来たか。
エレーナはエメリの采配に舌を巻く。
アイーダに必要なのは、監視である。そのための安定して監視できる居場所が必要となる。
野放しにせず、監視できる立場とするにはこちらが管理できる場所の名誉職が適任である。
そして、アイーダを最大限に活かす方法、それはこの街での表と裏を繋ぐ役である。
貴族の世界を知りながら、平民の、それも裏の論理にも通ずる者。それでいて顔が広く民の覚えが良い。見方を変えればそれは簡単には得難い貴重な人材であった。
その意を受け、エレーナが続く。
「アイーダ、組合の幹部であればこれはお伝えしておかなければなりませんわね。保険制度が立ち上がった折にはその加入を兼ねて公的な職人登録制度を始めるつもりでしたの。保険の登録管理と、賃金払い、納税の管理、それらを統一するのですわ」
「そんなこと……!」
アイーダは、できるわけないじゃない、という言葉を途中で飲み込んだ。
先ほどの話と合わせて考えればわかる。抵抗が予見され不可能に見える事も、伯爵家の何倍にもなる理不尽な金と力があれば可能なのだ。
組合が金と力で伯爵家に押し通してきたように。
エレーナとレナンドには実際のところそこまでの計画はなかった。しかし、今それをする理由ができた。なぜならアイーダという好機を得たからである。レナンドも意見しない。
「まだ詳しい計算は済んでおりませんが、そちらに登録いただけた方は安定的な貢献が見込めますから税を優遇することも考えております」
エレーナからの追い討ちだ。
これは組合の有名無実化を実行する宣言に他ならない。
その制度に鉱夫は流れるだろう。鉱夫の組織化を公的に行うのであれば、組合の本業が不要になる。
「アイーダにはその組織化の相談役になってもらってはどうかな、エレーナ」
レナンドが助け舟を出す。
組合から抜ける口実を与えるということ。
ロックバードの名を冠する者がどちらに着いたかを明らかにするための、意地の悪い、裏切りの助け舟。
「そうね。アイーダ、私たちは組合と敵対したいわけではないの。無益ないざこざを避けるために今のうちから伝えておいてくださいな」
――酷なことを言う。
それは私に降伏勧告をしてこいと言うのと同じこと。
荒ぶる者も出るだろう。最悪、裏切り者と殺されるかもしれない。いや、既に二度も死んだような身だからそれはよい。しかし、実際にいかなる抵抗をしようとも、組合が敵うはずがない。その事実がアイーダの心を引き裂いていく。
「う、うう……」
アイーダの目から涙が溢れる。
自らの家が否定しながらも依存してきた、腐った世の掃き溜め。貴族も決して手を出せない暗い世界と信じてきた。
だからこそ、絶望の中でそんなものに縋りついた。そしてその理屈に染まることに血道をあげ、結果としてその選択がまた誤りだったと突きつけられた。
必死だった。死に物狂いだった。だがそれは初めから全て誤りだった。自らの常識から抜け出せなかった、自ら選んだ誤り。
自分が、憎い。
「アイーダちゃん。貴女は勝手をしなければ良い子なのです。ですが、もう次はありませんわよ」
エメリは、表情を変えない。情を出してはならなかった。この場の決定権者であるからだ。
「さあ、アイーダ。パーティーの時間ですわ」
エレーナの意外な声に涙でぐしゃぐしゃな顔をあげるアイーダ。
「相談役の、初仕事ですわ。私の横でニコニコ笑顔でお客様をお出迎えしましょう」
まるで裏切り者の晒し首だ。
笑顔のエレーナが、アイーダには悪魔に見えた。
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