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エレーナ・ラッドフォードの政略つき新婚生活  作者: エフピロ


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3/5

3.再会

 旧伯爵邸、庭園。

 本日のパーティーの会場だ。


「代官は参加。バーゼル商会は多忙につき辞退。鉱山労働者組合も多忙につき組合長は辞退、代理が参加、か」


 レナンドはパーティーの招待状の返信を確認していた。貴族社会とは異なるとはいえ、公爵家の招待を体調以外の理由で辞退する者は珍しい。


「侍従長、あなたはバーゼル商会の会頭と懇意にしていると言っていたね。あんなことになってしまったが、今日のための仕入れもここからだ。それでいて顔も出さないような付き合いなのですか?」


「は、その……私にもその理由まではわからず」


 侍従長のゴードンは、口ではそう言うが内心では理由の目星がついていた。

 ひとつは保険の話。引き受けたくはないが、受けないのは不自然という領主の提案から逃げるためだ。会場に来たらその話に触れずにいられない。

 もう一つは、パーティーが「荒れる」からだ。


 今朝の事件で、今日の開催は断念されるはずであった。

 それが今、庭園の会場には続々と料理が運び込まれている。

 話が違う。

 しかし、今それを伝えにここを離れるわけにはいかなかった。侍従長の立場でそれをするのは、あまりにも不自然であった。


 ゴードンの焦りをよそに、準備は進んでいく。

 すると、一台の馬車が門から入ってくるのが見えた。


「レナンド、馬車が着きましたわ。もうお客様がいらしたのかしら」


「まだ早いね。庭園を見てもらうなどして時間を潰していただくか」


 エレーナとレナンドは馬車を出迎える。


 三人の男に続いて降りてきたのは、派手なドレスを身にまとい、つばの広い優美な帽子を目深に被った女性。帽子のせいで顔が見えない。しかしその所作は貴族のそれであった。


「ご招待いただきありがとう」


 女は招待状を差し出す。

 エレーナは不思議な既視感を覚えた。この声は……?


 失礼を承知で少し下から顔を覗く。


「……!」


 エレーナは驚きで一瞬声が出なくなった。良く……とても良く知る顔がそこにあった。


「アイーダ!?」


 見間違うはずがない。目尻の上がった大きく印象的な目。その人目を引くほどの美貌。


「アイーダ? 本当に?」


 アイーダはレナンドの従姉妹でもある。


「お久しぶりですわね、レナンドお兄様。そして……エレーナ・ウォード侯爵令嬢。ああ、今はもう違うのでしたね」


 帽子を取り後ろの男に渡すアイーダ。

 およそ一年ぶりに見るその姿は、まさしくアイーダ本人であった。


  *


 アイーダ・ロックバード伯爵令嬢。


 ――私の、親友だった人。そして、敵になった人。今はロックバード家を勘当された身のはず。なぜここにいるのか。


 エレーナは、手渡された招待状を見る。宛名は、鉱山労働者組合・組合長。その代理がアイーダということか。


 一度敵になった人は、生涯敵なのだろうか?

 そんな答えのない疑問がエレーナの頭に浮かぶ。


「なにその顔。ばっかみたい」


 複雑な感情に囚われたエレーナを見て、アイーダは吐き捨てるように言う。


「あ、ええ、パーティーにご出席ですわね」


 その言葉に我に返ったエレーナは、咄嗟によそ行きの笑顔を作る。接し方に戸惑い、普段と調子が狂う。


「ふん、パーティー、ね」


 アイーダは準備が着々と進んでいる会場を遠目に見やる。次いで、侍従長。見られた侍従長は目を逸らす。


 視線をエレーナに戻す。

 冷たい目。氷のように。いや、氷よりも。


「相変わらず憎たらしい女ですこと。何の苦労もなく公爵家に取り入って。私があれからどんな思いで生きてきたか、貴女にはわからないでしょうね」


 門から続々と無頼漢が入ってくる。

 門の近くに、倒れている門番たちが見える。


 レナンドが手を挙げ、衛兵に合図をする。

 そしてエレーナを庇うように前に出る。


 こちらに衛兵が集まってくる。こういう事態を想定して集めておいた、二十名弱。

 しかし、それでも数は向こうが倍近い。


「私はね、忠告に来たのよ、エレーナ。目障りなことはやめて、大人しくこの街の流儀に従いなさい」


 アイーダ。そこまで成り下がったのか。その貴族の血を汚すのか。

 エレーナは怒りに震える。


 しかし状況は良くなかった。衛兵の方が一人あたりは強いかもしれないが、なにせ数が違う。

 ……少しでも時間を稼げれば、あるいは。


「アイーダ、いい? 落ち着いて聞いて。私たちはもっと話し合うべきだわ。お茶でもいかがかしら?」


 エレーナには、一縷の希望があった。それには今しばらくの時間が必要だった。


「ふん。相変わらずね、あなたは。素直にハイと言ってくれなくて良かったわ。邪魔なのよ」


 しかし、アイーダは取り合わない。


 ――いけない。


 エレーナは危険を察する。しかし、その口を塞ぐ手立てはない。


「やっておしまいなさい」


 アイーダは、男たちに号令を発した。


   *


「おとうさま、おきゃくさま?」


 幼いアイーダは、庭先で父、ロックバード伯爵に問うた。


 幼い頃の記憶。


「アイーダ、あちらに行っていなさい。……約束の金だ。とっとと帰れ」


 父の先には、大柄な男たち。


「俺は忠告に来てやっただけだぜ、領主様よ。ま、賢明な判断だ。共存共栄ってな」


 男たちが去る。

 悔しそうに唇を噛む父の姿。



 あのころは、ただ不思議な光景だった。


 まさか、生まれ育ったこの場所で、逆の立場で同じことをやる羽目になるとはね。


 声もなく自嘲する。


 ――私は、もう戻れないのだ。欲目に眩んでこの女の元婚約者と夜を共にした、あの日より前には。


 アイーダの目に昏い炎が宿る。


 アイーダ・ロックバードというここでは知られた名と、この美貌を使い、どん底から今の地位まで這い上がった今となっては――


   *


 アイーダの号令により、荒くれ者たちの半数が衛兵へ、半数が会場へ向かう。

 今回は警告だ。パーティー会場を破壊するだけでよい。


 アイーダは屋敷を一瞥し、結果を待たずに踵を返す。

 

 ここへはもう戻ってこない。そう決めていたのに。


 振り返ったアイーダの視線の先には、幼い頃から慣れ親しんだ、門へと続く道。

 その先に、騎馬に乗った礼装の騎士。


「えっ」


 瞬く間にアイーダの横を騎馬が通り過ぎる。


「控えい! 控えーい!」


 あまりに突然の闖入者に、男たちも、衛兵も、動きを止める。


「ジェームズ!」


 レナンドが歓喜の声を上げる。


 ラッドフォード公爵家の騎士団長、ジェームズ・フリックだ。門の異常を察し駆けつけたのだろう。

 続いて、数騎の騎馬兵と、数十名の従者や衛士を連れた馬車が入ってくる。


「全く、何の騒ぎですか」


 そこから降りてきたのは、エレーナも、レナンドも、アイーダすらもよく知る人であった。


 ――間に合ってくださった。


 エレーナは心の底から感謝した。


「この私の目の届く中で、狼藉は許しませんことよ」


 エレーナがこのパーティーへ招待したなかで最高位のお客様――エメリ・ラッドフォード公爵夫人、その人であった。

お読みくださりありがとうございました。

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引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
やっぱりクズの略奪女だったか。 未遂でも貴族家への狼藉、その場で斬り捨てられても文句の言えない所業。しっかり簀巻きにして地下牢に放り込もう?
まあ領主貴族に狼藉を働こうとしてるんだからどんな処罰をされても反論できないよな。
アイーダって馬鹿なんの?こんな事すれば次期公爵夫妻をなき者にしても処刑一直線じゃん。 しかもわざわざ敵地に顔出す辺り、 頭がおかしくなったのかな
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