3.再会
旧伯爵邸、庭園。
本日のパーティーの会場だ。
「代官は参加。バーゼル商会は多忙につき辞退。鉱山労働者組合も多忙につき組合長は辞退、代理が参加、か」
レナンドはパーティーの招待状の返信を確認していた。貴族社会とは異なるとはいえ、公爵家の招待を体調以外の理由で辞退する者は珍しい。
「侍従長、あなたはバーゼル商会の会頭と懇意にしていると言っていたね。あんなことになってしまったが、今日のための仕入れもここからだ。それでいて顔も出さないような付き合いなのですか?」
「は、その……私にもその理由まではわからず」
侍従長のゴードンは、口ではそう言うが内心では理由の目星がついていた。
ひとつは保険の話。引き受けたくはないが、受けないのは不自然という領主の提案から逃げるためだ。会場に来たらその話に触れずにいられない。
もう一つは、パーティーが「荒れる」からだ。
今朝の事件で、今日の開催は断念されるはずであった。
それが今、庭園の会場には続々と料理が運び込まれている。
話が違う。
しかし、今それを伝えにここを離れるわけにはいかなかった。侍従長の立場でそれをするのは、あまりにも不自然であった。
ゴードンの焦りをよそに、準備は進んでいく。
すると、一台の馬車が門から入ってくるのが見えた。
「レナンド、馬車が着きましたわ。もうお客様がいらしたのかしら」
「まだ早いね。庭園を見てもらうなどして時間を潰していただくか」
エレーナとレナンドは馬車を出迎える。
三人の男に続いて降りてきたのは、派手なドレスを身にまとい、つばの広い優美な帽子を目深に被った女性。帽子のせいで顔が見えない。しかしその所作は貴族のそれであった。
「ご招待いただきありがとう」
女は招待状を差し出す。
エレーナは不思議な既視感を覚えた。この声は……?
失礼を承知で少し下から顔を覗く。
「……!」
エレーナは驚きで一瞬声が出なくなった。良く……とても良く知る顔がそこにあった。
「アイーダ!?」
見間違うはずがない。目尻の上がった大きく印象的な目。その人目を引くほどの美貌。
「アイーダ? 本当に?」
アイーダはレナンドの従姉妹でもある。
「お久しぶりですわね、レナンドお兄様。そして……エレーナ・ウォード侯爵令嬢。ああ、今はもう違うのでしたね」
帽子を取り後ろの男に渡すアイーダ。
およそ一年ぶりに見るその姿は、まさしくアイーダ本人であった。
*
アイーダ・ロックバード伯爵令嬢。
――私の、親友だった人。そして、敵になった人。今はロックバード家を勘当された身のはず。なぜここにいるのか。
エレーナは、手渡された招待状を見る。宛名は、鉱山労働者組合・組合長。その代理がアイーダということか。
一度敵になった人は、生涯敵なのだろうか?
そんな答えのない疑問がエレーナの頭に浮かぶ。
「なにその顔。ばっかみたい」
複雑な感情に囚われたエレーナを見て、アイーダは吐き捨てるように言う。
「あ、ええ、パーティーにご出席ですわね」
その言葉に我に返ったエレーナは、咄嗟によそ行きの笑顔を作る。接し方に戸惑い、普段と調子が狂う。
「ふん、パーティー、ね」
アイーダは準備が着々と進んでいる会場を遠目に見やる。次いで、侍従長。見られた侍従長は目を逸らす。
視線をエレーナに戻す。
冷たい目。氷のように。いや、氷よりも。
「相変わらず憎たらしい女ですこと。何の苦労もなく公爵家に取り入って。私があれからどんな思いで生きてきたか、貴女にはわからないでしょうね」
門から続々と無頼漢が入ってくる。
門の近くに、倒れている門番たちが見える。
レナンドが手を挙げ、衛兵に合図をする。
そしてエレーナを庇うように前に出る。
こちらに衛兵が集まってくる。こういう事態を想定して集めておいた、二十名弱。
しかし、それでも数は向こうが倍近い。
「私はね、忠告に来たのよ、エレーナ。目障りなことはやめて、大人しくこの街の流儀に従いなさい」
アイーダ。そこまで成り下がったのか。その貴族の血を汚すのか。
エレーナは怒りに震える。
しかし状況は良くなかった。衛兵の方が一人あたりは強いかもしれないが、なにせ数が違う。
……少しでも時間を稼げれば、あるいは。
「アイーダ、いい? 落ち着いて聞いて。私たちはもっと話し合うべきだわ。お茶でもいかがかしら?」
エレーナには、一縷の希望があった。それには今しばらくの時間が必要だった。
「ふん。相変わらずね、あなたは。素直にハイと言ってくれなくて良かったわ。邪魔なのよ」
しかし、アイーダは取り合わない。
――いけない。
エレーナは危険を察する。しかし、その口を塞ぐ手立てはない。
「やっておしまいなさい」
アイーダは、男たちに号令を発した。
*
「おとうさま、おきゃくさま?」
幼いアイーダは、庭先で父、ロックバード伯爵に問うた。
幼い頃の記憶。
「アイーダ、あちらに行っていなさい。……約束の金だ。とっとと帰れ」
父の先には、大柄な男たち。
「俺は忠告に来てやっただけだぜ、領主様よ。ま、賢明な判断だ。共存共栄ってな」
男たちが去る。
悔しそうに唇を噛む父の姿。
あのころは、ただ不思議な光景だった。
まさか、生まれ育ったこの場所で、逆の立場で同じことをやる羽目になるとはね。
声もなく自嘲する。
――私は、もう戻れないのだ。欲目に眩んでこの女の元婚約者と夜を共にした、あの日より前には。
アイーダの目に昏い炎が宿る。
アイーダ・ロックバードというここでは知られた名と、この美貌を使い、どん底から今の地位まで這い上がった今となっては――
*
アイーダの号令により、荒くれ者たちの半数が衛兵へ、半数が会場へ向かう。
今回は警告だ。パーティー会場を破壊するだけでよい。
アイーダは屋敷を一瞥し、結果を待たずに踵を返す。
ここへはもう戻ってこない。そう決めていたのに。
振り返ったアイーダの視線の先には、幼い頃から慣れ親しんだ、門へと続く道。
その先に、騎馬に乗った礼装の騎士。
「えっ」
瞬く間にアイーダの横を騎馬が通り過ぎる。
「控えい! 控えーい!」
あまりに突然の闖入者に、男たちも、衛兵も、動きを止める。
「ジェームズ!」
レナンドが歓喜の声を上げる。
ラッドフォード公爵家の騎士団長、ジェームズ・フリックだ。門の異常を察し駆けつけたのだろう。
続いて、数騎の騎馬兵と、数十名の従者や衛士を連れた馬車が入ってくる。
「全く、何の騒ぎですか」
そこから降りてきたのは、エレーナも、レナンドも、アイーダすらもよく知る人であった。
――間に合ってくださった。
エレーナは心の底から感謝した。
「この私の目の届く中で、狼藉は許しませんことよ」
エレーナがこのパーティーへ招待したなかで最高位のお客様――エメリ・ラッドフォード公爵夫人、その人であった。
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