1.新たな門出
「婚約者を親友に寝取られたので貴族の政略で徹底的にやり返しました」の続編です。
単品でも読めるように書いているつもりではありますが、先に下記をご一読いただけるとより楽しめるかと思います。
https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/3098128/
エレーナ・ウォード侯爵令嬢は、学園を卒業すると同時にラッドフォード公爵家の令息、レナンドに嫁いだ。
その婚姻に至るいざこざにより、ラッドフォード家は新たな領地を得た。
その地は現領から飛地となるため、独立した領主が必要であった。そこに白羽の矢が立ったのがこの跡継ぎの若夫婦であった。
この領地は少し前まではロックバード伯爵領だった。本邸のある王都から馬車で一日程度。悪くない立地にある。
城塞都市一つと銀鉱山で発展した街が一つ。あとは村が数ヶ所ある。エレーナとレナンドはこの城塞都市に住まう。
決して広い領地ではないが、鉱業はラッドフォード公爵家の家業の柱の一つ。期待のできる土地であった。
「レナンド様、ここが新しい私たちの住まいですね」
馬車が元ロックバード伯爵邸に到着する。
街から少し外れた小高い丘にある、立派な屋敷だ。
「そうだねエレーナ。新しいお役目、僕も頑張るよ。その……様ってつけるの、そろそろいいんじゃないかな」
「あら、ごめんなさい。でもレナンドと呼ぶのはまだなんだか慣れなくて」
エレーナは貴族の嗜みには優れた才女であった。しかし結婚してみて苦手なものが発覚した。新婚らしく甘えることである。
馬車から降りた二人を、領主代理として館を守っているラッドフォード家の執事、ハワードが出迎える。
「遠路、お疲れ様でした。ご領主様、奥様」
「ありがとう。爺やにそう呼ばれるとこそばゆいね。これまで通りでも良いのだけれど」
レナンドとハワードは幼い頃からの縁である。これまでは「レナンドお坊ちゃま」と呼ばれていた。
「そうは参りません、けじめがございます。奥様、お足元にお気をつけくださいませ」
エレーナが馬車を降り奥を見やると、執事の後ろには使用人たちが並んでいた。
「皆様、よろしくお願いいたします」
エレーナが淑女の礼を取る。
使用人たちは無言で頭を下げる。わずかな硬い違和感。
「ご領主様」
ハワードがレナンドの耳元に顔を近づける。
「旦那様のご指示に従い、使用人は伯爵家のときからの者がほとんどです。領主代わりを快く思わない者も多く」
「わかっているよ。いきなりこれだけの人を用立てるのは難しいし、クビにする方が領地経営を難しくする。皆、領民だからね」
執事も遠からず本家へ戻る。
この領主赴任は、若夫婦へのラッドフォード公爵ならびに公爵夫人からの褒美であると共に、試練でもあった。
*
「伯爵様の下ではそのようなことはしておりませんでしたので」
侍女長は臆面もなく言った。
「そうですか。これからはよろしくお願いしますね」
何度この様なやりとりをしただろうか。
エレーナは少々辟易していた。
家の中は面従腹背を絵に描いたような状態であった。
嘘かまことか、これまでを引き合いに出し指示されるまで何もしない。朝食の用意ですらそれだ。
聞けばハワードさんにはそこまでではなかったとの事。
クビにできるものならしてみろ、この家は動かなくなるぞ、という冷たい敵意がにじみ出ている。
その出所は侍従長のゴードンであることは明白だった。伯爵家の覚えめでたく、良い思いをさせてもらっていたのだろう。
「旦那様も奥様も悔し涙を流されていたのを忘れたか。アイーダ様にあの様な仕打ちをした、その者が厚顔無恥にもここにきたのだぞ!」
アイーダはエレーナの元婚約者の略奪を謀り、家を巻き込んで失敗したロックバード家の次女。この領地をラッドフォード家へ明け渡すことになった原因。
エレーナが壁越しに聞いた侍従長のこの言葉は逆恨みも甚だしいが、この状況はこの曲がった理屈が根底にあるようだ。
そこまで言いながら、辺境に落ちた伯爵家にはついていかぬ浅ましさ。
なんの得にもならぬ抵抗。伯爵家に届かぬ無為な忠誠。感情に任せてその様なことをする使用人たちを憐れだとすら思う。
いや。
侍従長を任されるほどの者がそこまで愚かだろうか? そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
まだ判断するには早い。エレーナは冷静さを欠いてはならなかった。
クビにするのは容易い。しかしレナンドも言うようにそれでは領内に不満が撒き散らされる恐れがある。そうする大義名分を与えないための策が必要であった。
――どうせなら、街ごと綺麗にして差し上げましょう。
エレーナには貴族として、領主の妻として、為すべきことを為す覚悟があった。
「レナンドさ……おほん、旦那様。家のことは任せていただいてよろしいのですね」
「はい、エレーナにならお任せしても問題ないでしょう?」
「案はありますわ。本当に、何をしても良いのですね」
「……それは、領地巡察に出る前に聞いておいた方が良いということだね?」
「はい、ぜひ」
可憐な笑顔を見せるエレーナであるが、この妻が自らの母にも劣らぬ策士であることをレナンドはよく理解していた。
エレーナはレナンドの耳元で何事かを囁く。この場にも使用人が控えているからだ。
「やはり貴女はお強い人だ。お任せしました。ただし、危ない事はいけませんからね」
レナンドはエレーナの頭を撫でる。
「よしてくださいませ、他の者がおりますわ」
いいじゃないか、と笑い、レナンドは席を立つ。
「さて、では僕は領地を一通り見てきます。三日もあれば戻れると思います。何かあれば爺やに。頼りになる人です」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、旦那様」
エレーナは笑顔で見送った。
*
「あなた。お名前は?」
エレーナは若い侍女に声をかける。
「アンと申します。なんでございましょう」
「アンね。まだここに勤めて浅いの? このあたりの人よね」
「はい、昨年からです。この街の生まれです」
若い下働きの侍女。この子が良いだろう。
エレーナは考えを実行に移すことにした。
「あなたの仕事着の予備を貸してください。それを着て街に行くから、案内してください」
アンは、奥様が何を言っているのかすぐには理解できなかった。自分の服を奥様が着る? 伯爵家でもそんなことはなかったのに、より高位の貴族さまが?
「い、いえ。そんな私の服など滅相もないことで……」
「貴族の道楽のひとつだと思ってもらえばいいわ。貴女のお話も聞きたいの。内密にお願いね。ハワードさん、この子の予定、抑えておいてください」
「かしこまりました」
エレーナは、侍女の装いに着替え、半ば強引にアンを連れて街に出た。
「何か美味しいものでも食べましょう」
「はい、奥様……。あの、本当によろしいのですか?」
「もちろんですわ。だけれど今はエレーナと呼んでくださいな」
アンは恐縮しきりだ。無理もない。
エレーナは道端に並ぶ露店に向かう。
「ふたつ、いただけるかしら」
「毎度!」
エレーナは串焼きを包む店主に続けて話しかける。
「そういえば、新領主の夫妻がいらしたそうですわね。伯爵様でなくなって残念だわ」
アンは目の前にいるまさにそのご当人がそのような事を言うので驚きを隠せない。しかし、さすがに意図を察し口は挟まない。
エレーナの顔が知られていない今だからできることであった。
「あー、俺みたいなのにはあんまり関係ないからな。税が上がらなきゃいいんだけどな。へい、お待ち」
エレーナは串焼きを二本受け取る。
「ありがとう」
「ああ、そういえば。実家の村が長雨で水浸しになったときは、領主さまご一家も泥だらけになって熱心に復興にあたっていたらしい。そういう、民のためにやってくれる人たちだといいな」
「そうなのね、どこの村?」
「バルト村さ。あそこはよく水害に遭うんだ」
「わかったわ、ありがとう」
少し多めのコインを置いて店から離れる。
その後もいくつかの店に寄って評判を集めた。概ね、伯爵の治世の評価は「悪くない」であった。だから、同じ様な治世であれば良いと望むものが多い。
「エレーナ様。あのう、差し出がましいようなのですが……」
アンがおずおずと語り出した。
「どうぞ? 気にせず言ってごらんなさい」
「はい。エレーナ様は伯爵様のご評判を気にされていると思いますが、この街では良い領主様で通っておりました。その……ですので、領主の交代を快く思わないものも確かにいるかと」
エレーナは、この子から話してくれるのを待っていた。
「侍従長、とか?」
「……」
アンは答えるべきか判断つかずにまごついている。
「大丈夫よ、ここで言ったことは誰にも言わないわ。それに、侍従長の主人が私と旦那様なのよ? 何も心配はいらないわ」
アンは目の前にいる侍女姿の女の子が雲上の人である事を改めて意識した。
「……はい。侍従長や侍女長をはじめ古株の方々が中心となって伯爵様への忠誠を唱え、私たちにも圧力をかけております。私は貴族様の世界の常として新しい領主様をお迎えするつもりでおりましたのに」
概ねエレーナの見立ての通りであった。屋敷の問題については解決の筋は見えた。
「ありがとう、アン。また一緒にお出かけしてもらうかもしれないけれど、よろしくね」
翌日。
エレーナは執事のハワードに頼み、若手で役職のない使用人を七人だけ集めた。アンもその中にいる。
「これから引越しをします。あなたたちは新居についてきてください」
「えっ、もうですか?」
「わたしたちだけですか?」
「この屋敷は?」
エレーナの宣言に、口々に疑問が出る。
予想されたことだ。エレーナは小さく手を挙げて一度収める。
「私と旦那様の二人だけなら、このお屋敷は立派すぎますから。皆様の思い出も詰まった伝統あるお屋敷です。ここは迎賓館など格式のある公的な場所にしようと思います。他の使用人はその維持管理にあたっていただきますわ」
にこやかに、さも当たり前のように言うエレーナ。唖然とする使用人たち。
「私たちはロックバード家から続く伝統を無碍にするつもりはありませんのよ。確かにラッドフォード公爵家に合わせていただく部分は出てくるでしょう。けれど私たちは新たに皆様と暮らしていく新参者なのですから。よろしくお願いしますわね」
敵ではないということを領民に示すためのわかりやすい姿勢を示し、それを喧伝する。そのために屋敷を犠牲にするくらいは安いものであった。
しかし、エレーナの本当の狙いは別にあった。
古くからいる伯爵家に忠誠心の高い者を自らの側から排除し、領主邸の新秩序を作る。排除された側は名誉ある仕事を任せられ、排除されたとは考えない。地盤を堅める第一歩であった。
しかし、その狙いを表に出す事はない。あくまで領民を思ってという顔をする。
「では、さっそくかかってください。次は残りの皆さんですわね」
エレーナはハワードに古株の使用人を集めさせ、同様の説明をした。
意図通りの質問が飛んでくる。
「そうやって我々を厄介払いの様な扱いをするのですか。長らく伯爵家に仕えこの屋敷を守ってきた我々を」
侍女長の壮年の女性が言った。
頷く他の使用人たち。
こうなるから、分けたのだ。
「違いますわ。あなた方だから、この屋敷をお任せできるのです。これは公爵家としても大事な一歩です。このお屋敷を知り尽くしていて、誇りをお持ちの皆さんだからこそ、お任せしたいのです」
役割を、功績を褒められて悪い気のする人はいない。それでいて、褒める事は対価もいらない。
そして、なお否定するには相応の理由が必要になる。
更にエレーナは続ける。
「もちろん、私たちの家の仕事の方が宜しければ、そちらをお選びいただいても構いませんわ」
相手に選ばせる道を残す。一緒に来る道を選ぶ者は稀かもしれない。しかしこれだけで「厄介払い」から「望んで選んだ道」に変わる。
この程度の論じ方、貴族の手練には通用しないかもしれない。しかし交渉に慣れぬ者たちにはこれで充分である。
「それは……私たちもこのお屋敷で働く方が本望ですが」
人は変化を嫌う。
だから、「今」を残してやる。
エレーナは更に次の手に移る。
「では、よろしくお願いしますね。手始めに、お庭でパーティーを開きましょう。街の主だった方に声をかけてくださらない? ええと、そうね。お声がけは侍従長、侍女長、お二人にお任せしますわ」
「私たちですか」
「ええ、お二人なら街の方々にも明るいでしょうから。代官など明らかなところはこちらでお声かけしますわ」
二人は顔を見合わせる。
「街で顔のきく方なんかにお声かけください。身分は問いませんわ。ただし武器の携帯は御法度にします。入り口で荷物改めはしますので」
「……どういった者でもよろしいので?」
「はい。素行に問題のあるような方はご遠慮願いますが、例えば皆さんのご家族でもよろしいですわ。楽しくやりましょう。開催は……そうですね、三週間後にしましょう。伯爵家にお出ししていた普段のお料理で構いませんわ」
「かしこまりました」
貴族のパーティーといえば、上の者同士で行うもの。身分を問わず、平民が参加してよいなど、そして人選を使用人に任せるなど聞いたことがない。
侍従長のゴードンは内心で首を傾げるが、反対するいわれもないので承知した。
この街を知らない若造が、人脈作りのためにプライドを捨てて古株に頼った。そう考えると自分の立場も悪くない。
「よろしくお願いします。招待名簿は毎日更新分を見せてくださいね」
エレーナはそう言って場を解散させた。
エレーナの思惑は、ゴードンの内心とはまるで逆であった。不満を持つ者は同類と繋がりを持つ。だからこの二人に任せたのだ。
不満の強い者とは、つまりは伯爵家と繋がりの強かった既得権益層である。
集まった者の必要不要を見極め、徐々に懐柔・排斥していけば良い。その分母としてのリスト作り。
そのためにまずはせいぜい気分よくさせる。それがエレーナの「パーティー」であった。
*
「ただいま、エレーナ」
三日が経ち、レナンドが戻ってきた。
「お帰りなさいませ。早速ですが、出ましょうか」
今日は引越しの日。空き物件を掃除してもらっただけの簡素な準備が済んだのだ。
「もうかい? 準備が良いですね、相変わらず」
想像を超える早さに半ば呆れ顔のレナンド。
レナンドは降りたばかりの馬車に乗り込む。エレーナも続く。
「それで、うまくいきそうかい?」
「ええ、今のところは。皆さん明確な役割を与えたらきちんと働いてくださってますわ」
パーティーに関しては初めの三日分でも結構なリストを入手できた。
「レナンドはバルト村にも行かれましたか?」
「ええ。よく村の名前まで覚えていますね。近郊の比較的大きな村です」
「街で、水害に定期的に苦しんでいる話を聞きました。調査は必要ですが、パーティーでそこの治水工事を発表できたらと」
露店の店主は領主が泥だらけになって助けていたと美談の様に語っていた。しかしそれは領主の本分ではない。それが繰り返し起こるのならば、元を断つことが政治なのだ。
「なるほど、違いを見せるのですね。手配しよう。村長も招待しておこう」
「はい、さすがはレナンド。察しが良くて助かりますわ」
「ふふ、やっとレナンドと呼んでくれたね」
「あっ、話に夢中になって、つい」
「いいじゃないか、嬉しいよ」
レナンドはいつもの屈託のない笑顔を浮かべた。
新たな屋敷は街の中心部に近い。旧伯爵邸よりはかなり小ぶりだが、広い庭付きでこの付近では最も立派な邸宅だ。元の持ち主が亡くなって久しいが、立派すぎてこの街では買い手がつかなかった様だ。
「お帰りなさいませ、ご主人様、奥様」
アンが出迎えてくれる。
「やあ、忙しなくてすまないね。準備ありがとう」
「アン、また一緒にお出かけ、良いかしら」
エレーナはゴードンのリストにある商会に目をつけた。なぜか、街で大きな商会ではなく、中規模の商会がリストにあったからだ。
「この、バーゼル商会というお店をご存知?」
「はい、よくお屋敷の物を仕入れている先です」
「なぜもっと大きなところでないのかしら?」
「そこまでは……以前からその様でしたし、仕入れは侍従長たちが決めておりましたので」
明確に怪しい。これは調査が必要だ。
またアンの服を借り、バーゼル商会に向かった。
「パーティーに使う良いお酒を仕入れよと仰せつかってまいりました」
エレーナは使い走りを装う。
「伯爵邸にか? 新しい領主様は贅沢なもんだ。酒ならこの辺りだ」
銘柄の書かれた表を出される。あまり数が多くない。
「これだけですの?」
「お前、新入りか? うちは元々鉱物商だ、屋敷に入れるものは扱うが酒問屋みたいな風にはいかんぞ」
なるほど、店構えも食材を扱うには少々様子が異なる。なぜ鉱物商が屋敷の仕入れを担っているのか。エレーナの中で点と点が繋がってきた。
「羽振りがよさそうですわね」
「お陰様でな」
この領内には鉱山がある。だから鉱物商があることは理解できる。しかし、伯爵家の食品や日用品の仕入れをそこが担うのは、その繋がりに何らかの価値があったからだ。
そして、ラッドフォード公爵家とエレーナの実家であるウォード侯爵家は、鉱物の採掘、加工、流通、どれも取り仕切る。
その勢力に入られると困る者たちがいる。そう考えたほうが、去った伯爵への忠義よりかは幾分か信憑性がある。
鉱山事業を巡る利権。
エレーナは問題の本質を見極めようとしていた。
「ではこれを二十本、お願いしますわ。在庫があるなら明日までにお願いします」
エレーナは焦らない。しかし止まりはしない。ゆっくりと、しかし着実に。仕留めるその時までは爪を隠すのだった。
*
数日後。
「これはこれはご領主様。言ってくだされば伺いましたのに」
旧伯爵邸に来たレナンドとエレーナを、侍従長のゴードンが迎える。
名目はパーティーの準備。その実は鉱山利権を確かめるためだ。
エレーナはレナンドにバーゼル商会の存在を伝えた。
レナンドの命を受け、執事のハワードが密かに繋がりを調べている。
「侍従長はバーゼル商会と懇意にされてると伺いましたわ。宝石なんかの扱いもあるのかしら」
貴族の夫人めは目ざとく鉱物商を見つけたか。
ゴードンは目の前の娘を内心で嘲った。
「ええ、ありますとも。もちろんここでは銀が一番盛んですが。何かご入用ですかな?」
「パーティーに向けてエレーナに地元の良い物をつけてもらおうかと思ってね。支配人に会えるかな」
「支配人……あの商会では会頭ですな。あの方も忙しいですからなあ」
「会頭とも親しいのですね」
「ええ、古い付き合いですから」
「しかし、本来は鉱物商と聞きました。宝飾品は良いのだが、食料品なんかはもっと大きな商会に変えようと思うのだけれど」
レナンドが仕掛ける。
「それは……! いえ、それはしばらくはできませんな」
一瞬の動揺を見せるゴードン。
「何故です?」
「契約、ですな。そう、向こう数年の専属契約で安く仕入れる話になっているのですよ。お屋敷だけの特別な契約です」
わかりやすい嘘だ。たとえ本当に伯爵家とそういった契約を結んでいたとしても、ラッドフォード公爵家と結んでいるはずがない。
「そうですか? それは少し残念ですね」
しかし、レナンドは引く。この方もまた、引くを知る。
あからさまな繋がりが明らかになった今、この場で糾弾する意味はない。むしろ警戒を強めさせてしまう。
「代わりにもっと良いものを仕入れる様伝えておきます」
「お願いします」
*
「相場より二割は高く、そして質は並、か」
新邸宅に帰り、ハワードからの調査報告を受け取ったレナンドは、あからさまな構造に呆れた。
「ハワードさん。先日お酒が二十本届いたでしょう。それはいくらでしたか?」
「少々お待ちください」
資料をペラペラとめくるハワード。
「銀貨で二百と四十でございます。なかなか高価なものですな」
「配送や掛けの手数料は別で?」
「別でございます」
エレーナが直接買った酒の単価は銀貨十。二十本で二百四十は払い過ぎであった。
「わかりやすい上乗せですこと。かなり私腹を肥やしていると見えますわ」
「うん、パーティーまでは仕方がないが、やはり仕入れ先は変えよう。ゴードンを解雇する理由もできた」
「そうですわね……」
しかし、エレーナは何かが引っかかる。
アンは以前からこういった仕入れの体制だったと言っていた。それであれば伯爵家もどこかで把握できるはずだ。会計の監査をしていないはずがない。それでも黙認していた? なぜ?
「レナンド、これに目をつぶって雇い続けるほど侍従長が有能だと思われますか?」
そんなことはない。では、ゴードンが私腹を肥やしているのではないとしたら? この金の流れが「必要だった」としたら。
「そうだね、明らかにおかしい」
「レナンド、これは調査がいりますわ。下手をしたらこの領地全体の」
「ええ。取り掛かりましょう。ただでさえ忙しいのに仕事が増える増える。ハワード、これはお父様とお母様にも一報をお伝えください」
「かしこまりました」
*
「貴方は、どうされるおつもりなのです?」
ゴードンは、豪華な椅子に座る若い女に詰問されていた。
「はっ、私めは変わらぬ忠誠を誓っております。しかし……あやつらも気がつき始めており」
「ふん。パーティー、ね。高貴なお家に庶民を招き入れるなど。ロックバード家の積み上げてきた伝統と威信を粉々に打ち砕く気でしょう」
「しかし、公爵家に面と向かって逆らうなどは我々には難しく……」
ゴードンの額に汗が流れる。
「そうでしょうね、ラッドフォードの評判を落とすことすら失敗する無能ですものね」
「……申し訳ございません」
「まあいいわ。悟られようと、うかつに手を出せば破滅する。それを知らしめてやりましょう」
「かしこまりました」
「ここの流儀というものを教えて差し上げましょう」
女は、悪意に歪んだ笑みを浮かべた。
お読みくださりありがとうございました。
お気に召しましたら評価や反応をいただけると嬉しいです。
短編にしようと思ったら長くなったので連載にすることにしました。




