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神殿の少女

その国の中央には大きな神殿があり、連日信心深い人たちが長蛇の列をなしていた。

彼らの目的は神殿にいる巫女様を通して、神様に感謝や要望を伝えるためである。

その列の中にナディという名の少年の姿があった。

ナディは毎日のように列の中にいたが、別段信心深いと言う訳では無かった。

巫女様との面会は昼の鐘が鳴ってから、夕刻の鐘が鳴るまでの間。

当然列に並んでいる人間全てが面会できる訳ではない。

昼に整理券を渡し、そして夕刻に新たな整理券をもらう。

ナディはその整理券を売って生計を立てていた。

自ら並んだ方が神様に願いがかないやすいと言う噂もあり、信者の多くは他人に頼らず自分で列に並ぶのだが、商売をしているものはそうはいかない者も多い。

そこでナディのように代わりに並ぶ者がいるのである。


「ちょっと待ってくれよ。十二番だぜ、十二番。今まで俺が持って来た中で一番若い数字じゃないか。それがいらないってどういう事だよ、おっさん」

「言葉の通りだよ。いらないものはいらない。偶然一桁の数字が手に入ったんでな。もうそれは用済みじゃ」

「そんなぁ。おっさんとこはいつも特別価格で譲ってんじゃん」

「ああ、そうじゃな。お前の所はいつも相場より高めじゃな」

「チッ、なんだよ。もういいよ。もうおっさんとこに売ってやんないからな」

「はいはい。分かったから、もう何処かに行きな。商売の邪魔だ」

ナディは裏口から締め出され、狭い路地に追いやられる。

「よう、ナディ。お前んとこもだめだったか」

悪態をつくナディの元に現れたのは同じ年格好の少年。

「なんだよ、ハギ。お前、俺の事を笑いに来たのかよ。ここはお前のシマじゃないだろ。とっと失せろ」

「ちげーよ。誰が好き好んでお前のきたねぇ顔見に来るかよ」

「だったら何のよ・・・」

ナディは問いかけようとしようとして、その答えを悟る。

「待てよ。さっきお前『お前んとこも』って言ったよな。もしかしてお前もだめだったのか?」

「いや、俺じゃねぇ。トビーんとこだ」

確かトビーと言えば、固定客を持っていたはずとナディは記憶している。

取引の値段も一定、周期的に何人かの客に整理券を売っていた。

信頼関係さえあるような間柄だ。

それが何故?

ナディは疑問に思わざるを得ない。

「何が起こっているんだ?」

「ああ、トルアキの爺さんの話だと隣国で戦争があって戦争孤児がこの国に流れ込んでいるらしい」

「あいつらか・・・」

思い返せばそれらしき人間が列に並んでいた。

すす汚れた貧しい格好の子供達。

確か並んでいて日差しにやられて倒れた者もいたような記憶もある。

ナディは悔しそうに拳を掌に叩きつける。

「それで、ここに来たのはイッチョあいつらシメようかって相談か?」

「逆だ。馬鹿。トルアキの爺さんから絶対に関わるなって伝言だ」

「何で?!このままじゃ商売あがったりだ。この十二番だって・・・」

「諦めろ。これはトルアキの爺さんの言葉だ。奴らは死にさらされて生きることに貪欲になっている。それこそ生きるためならば手段など選びはしない」

丁度その時、隣の路地から「泥棒―!」と叫び声が聞こえた。

窃盗が死罪になるこの国において、ひったくりの様な小悪党のする盗みはあまりない。

恐らくは今聞こえた泥棒も飢えた孤児の仕業であろう。

「ほら、あんな風にな。このまま治安が悪化するようなら国も動かざるを得ないだろう。ってのがトルアキの爺さんの言い分さ。下手に関わってとばっちり食いたくねぇだろ?」

「でも、この十二番・・・」

「だから、諦めろって。まあ、たまには『敬謙な信者』らしく巫女様にご挨拶でもしてくればいいじゃねぇか」

ひらひらと手を振って去っていくハギ。

ハギの態度からして、恐らくハギ自身はもう整理券を換金できたのだろう。

徒労、そんな言葉が頭に浮かんでナディはぼやかずにいられない。

「俺に必要なのは未来の平和より明日のパンだっつうの」


結局その日、ナディは昼の鐘が鳴るぎりぎりまで買い手を探したが見つからなかった。

「まあ、今まで散々稼がせてもらってた訳だし、お礼の一つも行っても文句は言われねぇか」

思い返せば今まで一度も巫女様に会った事がなかったとナディは思う。

もしかしたら神殿に一番近い所にいながらもナディは今まで一番信仰から遠い所にいたのかもしれない。

神殿の入口には男と女の門番が一人ずついた。

男の門番に入念に身体検査をされた後、ナディは神殿に入る事が出来た。

細く長い道を抜けると、変な臭いのお香が焚き込められた部屋に出る。

部屋にはナディ、そして向かいに女が三人、その間にナディの身の丈ほどの柵があった。

中央にいる少女が巫女様で、その脇を固める二人の女性は神官らしかった。

少女は真っ白い簡素な服に、手足を鈍く光る鉄の鎖で縛られて、目と口を豪奢な布で塞がれていた。

「あれが巫女様か?ひでぇな」

「さあ、少年。神に願いを言うがよい」

「いや、そんなこと言われても巫女様があんな状態じゃ話もできねぇよ。おばさん、何とかなんねぇのかよ」

ヒクリと神官の女の口元がひきつる。

「安心しろ、少年。巫女様の口を開くのは神だけに。その眼に映るのも神だけ。その御手も神のためだけに。ただ巫女様は我等の話を聞き、その言葉を神に伝えてくれる尊い存在なのだ」

「へー、そうなのか。ありがとうよ、お姉さん」

「何で貴方がお姉さんで、私がおばさんなのかしら?」

「あら、実際二つも違うじゃありませんか?」

「二つしか、でしょ」

「やはり三十と二十八の差は大きいと言う事でしょう」

「貴方喧嘩売っているの?」

「いえいえ、滅相も無い」

神官二人が骨肉の争いをしている間にナディはひょいっと柵を越えて、巫女の元に近寄っていく。

「全く神様ってのは変態だな。こんな女の子を縛って。そんな趣味でもあるのかね。あーあ、鎖の後が赤くなっちまってるよ。おーい、痛くないのかー」

少年はぺちぺちと少女の頬を叩く。

「だめだ。何にも反応ねぇや。この布もなんか張り付いてはがせないし。せっかく来たのに、なんだよ、こりゃ」

「おい、少年。何をしてる」

「やべっ、ばれたか。んじゃ、そろそろ俺帰るわ。巫女様、今度気が向いて来た時はちゃんと話そうぜ。もし無理だったらここから連れだっしてやるし」

「待て、誰か!その小僧を捕まえろ!」

「んじゃ、またなー、巫女様ー」

神官の怒声。

走り去っていくナディ。

一瞬にして神殿の中が騒がしくなった。

そして、一人香の焚き込められた部屋に取り残された巫女。

その頬流れる一筋の光。

巫女は涙を流していた。


その日から少女は時折少年の優しい声を思い出し、涙を流す。

そして、その少女が涙を流す姿が神々しいと評判になり、また多くの信者がその神殿を訪れるのであった。


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