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灰の街を越えて *AI執筆  作者: gramgram


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98/131

p87

ルーマニア海軍の中枢で、潜水艦基地と補給拠点が集まるコンスタンツァの港に

着いたとき、黒海の風は刺すような冬の寒気に満ちていた。


岸壁には魚雷庫へ続くレールが伸び、油に濡れたクレーンがゆっくり旋回しながら

沈黙した艦艇の影を長く引き伸ばしている。

潜水艦の甲板から降りると、ルーマニア兵とドイツ海軍の補給要員が乗員たちを

誘導していく。


ヴァルターは、自分が生還したという実感をまだ持てずにいた。

ただ、足元の石畳が揺れていないことだけが、現実を辛うじて形づくっていた。


港湾司令部での身元確認、医務室での検査、そして再編成キャンプへの移送。

すべてが機械のように進み、誰も彼の過去を深く問おうとはしなかった。

東部戦線の生還者は、語らずとも“何を見てきたか”が顔に刻まれていたからだ。


移送前、フリンツとは短く言葉を交わしただけだった。

その背中が人混みに消えていくのを見送りながら、

ヴァルターは――これが最後の別れになるかもしれない、と薄々感じていた。

そしてその予感は、静かに現実になった。


数日後、ヴァルターはルーマニア国内の後方警備部隊に配属された。

任務は単調で、どれも戦争の末端を支えるための、細い柱のような仕事だった。


昼は倉庫の扉に鍵を掛け、油と埃の匂いが染みついた木箱の列を見回った。

夜になると、鉄橋の下を流れる黒い川を覗き込み、月明かりに浮かぶ影が敵か

ただの流木かを見極めた。

時には、退却してくる部隊の列を誘導し、疲れ切った兵士たちに道を示した。





1944年 春


ソ連軍がルーマニア国境を突破したという報せが届く。

補給部隊も警備部隊も、前線と後方の区別なく混乱に巻き込まれた。

ヴァルターの部隊は鉄道でブカレスト方面へ後退するよう命じられた。

線路には、荷物を抱えた民間人、負傷した兵士、燃え残った車両が散乱していた。

ブカレストに着く頃、街は既に戦争の影に覆われていた。



8月23日


ルーマニアはドイツとの同盟を破棄し、ソ連と停戦した。


夕刻、街のあちこちで銃声が響き始めた。

ルーマニア軍が、つい昨日までの“友軍”に武器を向け始めたのだ。


道路の角を曲がると、ルーマニア兵がドイツ軍のトラックを取り囲み、

銃を突きつけて乗員を引きずり下ろしていた。

抵抗した兵士はその場で撃たれ、従った者は手を縛られて連行されていく。

捕虜となった者は、そのままソ連へ引き渡されるという噂が瞬く間に広がった。


「総員、西へ撤退せよ」

司令部からの命令は短かった。


ブカレストの街路には、混乱の中で取り残されたドイツ兵が散在し、ルーマニア軍のトラックが次々と彼らを収容していった。


撤退の列は、時にソ連軍の航空機に襲われ、時にルーマニアの検問に阻まれ、

それでも少しずつ西へ進んだ。ヴァルターは、自分がどこへ向かっているのかさえ分からないまま、ひたすら歩き続けた。


どうにかハンガリーに入ると、ヴァルターは後方防衛部隊に再編成された。

倉庫の見回り、鉄橋の監視、退却してくる部隊の誘導。

前線はすぐ近くにあり、夜になると砲声が地面を震わせた。




1945年 3月


ハンガリー戦線が崩壊し、ヴァルターの部隊はオーストリア北部への撤退を命じられた。雪解けの泥道を進むたびに列は細り、置き去りにされた車両や、燃え尽きた補給車、姿を消した仲間の影が道端に残されていった。


そこにあるのは“前線”ではなく、急速に形を失っていく軍隊の残骸だった。


リンツ近郊に着いた頃、ヴァルターは自分がどの部隊に属しているのかすら曖昧になっていた。命令は途切れ、指揮官は次々と姿を消し、兵士たちはただ“西へ”という方角だけを頼りに歩いていた。




5月初旬


ヴァルターはリンツ郊外の小さな村でアメリカ軍の装甲車に遭遇した。

銃を構える気力は、もう誰にも残っていなかった。

白い布を掲げると、無精ひげを生やした兵士が慎重に近づき、両手を上げるように命じた。


アメリカ兵に誘導され、他の捕虜たちとともに村外れの広場へ向かう。


銃声のない空気の中を歩くのは、久しぶりだった。

その静けさを胸いっぱいに吸い込みながら、ゆっくりと前へ進んでいく。


その瞬間、ヴァルターはようやく理解した。

戦争は終わった。


そして、自分は生き残った。

倒れていった人間たちの顔が、静かに胸の奥に浮かんだ。



これからどうなるのかは分からない。

何を失い、何を取り戻せるのか――

そのどれもが霧の向こうにあった。



END

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