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「……次。」
低い声が落ち、足元の長い影が揺れたそのとき。
胃の底を震わせるような重苦しい衝撃が、足下から突き抜けた。
鉄がひしゃげる鈍い音に、老朽化した木製甲板が大きく傾き、よろめいた下士官が欄干を掴む。
投げ出された名簿が風に舞った直後、
視界の端で海が爆ぜた。
離れて浮かぶ艦影が、凄まじい閃光とともに海面から押し上がる。
一瞬、世界から音が消え、すぐに鼓膜を破らんばかりの爆音が追い付いた。
弾薬庫に引火したのか、V字に折れ曲がった掃海艇は、火柱と黒煙を撒き上げ
ながら一気に海へと引きずり込まれる。
「Torpido!」
誰かが狂ったように叫んだ。
「Отходить! Живо!」
下士官が顔を引き攣らせ、接舷していた哨戒艇へ飛び乗る。
足を滑らせ海へ落ちた兵士の頭上で、エンジンが容赦なく唸りを上げ、飛沫が白く跳ねた。味方を顧みず身を翻す灰色の船腹に、細い航跡が吸い込まれていく。
次の瞬間、先を凌ぐ大爆発が至近距離で起きた。
叫ぶ間もなく衝撃波が甲板を叩きつけ、爆風に肌を焼かれた船員たちに熱を帯びた鉄の破片が降り注ぐ。
静まり返った甲板に「ゴボゴボ」という不気味な浸水音が響いた。
船首が急速に重くなり、海水が甲板を洗う。
沈む。
見る間に、船は黒い海へとのみ込まれた。
感覚が消える極寒の海で、ヴァルターはずたずたになった木箱に縋り付いていた。
体のあちこちにはしる刺すような痛みが、傷のせいかなのか、それとも寒さのせいなのか、自分でも判別できなかった。
ほどなく、凍てつく波間を割って、黒光りする鋼鉄の背中が姿を現した。
司令塔が濡れた光を放ち、側面のハッチが跳ね上がる。
顔を上げたソ連兵たちの目に映ったのは、機関銃の冷たい銃口だった。
乾いた音が響き、きらめく海面に火花が散る。
叫び声は銃声にかき消され、兵士たちの周囲が、どろりとした赤に染まっていく。
ヴァルターは息を潜め、その光景を震えながら見つめることしかできなかった。
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