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トランクには、工具やロープの類が乱雑に積まれていた。
ヴァルターが中からシャベルを引き抜くと、金属の刃が鈍く光った。
小銃を向けるフリンツの視線を背に、ヴァルターと人民委員の男は護衛の死体を
木立の奥へと運ぶ。
湿った土の匂いが濃く、踏みしめるたびに落ち葉が湿った音を立てた。
男は無言のまま、血に染まった制服を泥に擦りつけながら死体を引きずった。
肩で荒く息をし、額の汗と血が混じって頬を伝う。
その姿に、先ほどまでの威圧感は微塵も残っていなかった。
男がシャベルの刃を凍った地面に突き立てるなか、フリンツは木の幹にもたれ
煙草に火をつけた。
「やつはどうする?」
護衛の持っていたカービンを構えたまま、ヴァルターが聞いた。
「さあ……生かしといた方が、検問はやりやすいかもしれんが」
フリンツは、どこか遠くを見るように煙を吐き出した。
シャベルが硬い根にぶつかり、金属音が響く。
男は汗を拭いながら、掘り進めようとするが、進まない。
フリンツが煙草を地面に捨て、靴で踏み消した。
「もういい」
そう言って立ち上がると、男に向かって言った。
「 Раздевайся」
「П‑почему…」
「Раздевайся, живо」
男は震える指で外套の留め具を外し、泥にまみれた布を足元に落とした。
冷たい風が吹き抜け、肩が小刻みに震える。
制服のボタンに手をかけるが、かじかんだ指先が思うように動かない。
一つ外すたびに、白い息が荒く漏れ、胸が上下する。
「Я…」
声はかすれ、喉の奥で途切れた。
やっとのことで上衣を脱ぎ捨てると、薄いシャツ一枚の体が露わになった。
胸を両腕で抱き抱え、跪く罪人のように身を縮める。
「…Меня силой в армию загнали.
Я…этих коммунистов терпеть не мог…」
フリンツは黙ったまま、その白い吐息を見つめている。
下着になった男の脚は土の冷たさに震え、膝ががくがくと揺れた。
胸を押さえ、唇を噛みしめながら、声を絞り出す。
「Возьми… со мной… в Берлин. Там… город… терпимый.
Там и чёрных… и евреев… и даже гомо…」
乾いた銃声が木立に響いた。
男の体は崩れ落ち、護衛の死体に折り重なった。
フリンツはしゃがみ込み、男の上着の内ポケットから身分証を抜き取る。
「使えるな」
そう言って上着をたたむと、車へ歩き出した。
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