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その後、ヴァルターはやってきたソ連軍に投降した。
尋問、収容所、あるいはその先の運命まで覚悟はして。
しかし、実際に待っていたのは拍子抜けするほど軽い尋問だけだった。
数週間の拘置生活を終え、ヴァルターはあっさりと釈放された。
理由がわかったのは、ずっと後のことだ。
あのソ連兵――
瓦礫の中で抱き合ったリュボフ・イワノヴナ・マリチェンコは、
党役員の娘でありながら、前線勤務を志願した”模範的女性”だった。
「ほんとうに、ありがとう」
たどたどしいドイツ語で、リュボフは会うたびに感謝を伝えてきた。
戦争の中で生まれた奇妙な縁だったが、
彼女の笑顔は、ヴァルターにとって唯一の救いだった。
しかし、傷が癒えると同時に、新たな現実が突きつけられた。
救われた命で人民に貢献する。
それが、新たな生活を許す代償として、かつての占領者に課された条件だった。
リュボフは泣きながらヴァルターの手を握った。
ヴァルターは彼女の腹の膨らみをそっと撫で、胸の奥で固く誓った。
出発の日。
曇り空の下、兵士たちが乗り込む船の甲板に立つ。
冷たい風が吹き抜ける。
漏れ聞くところによれば、行き先はシュムシューという場所らしい。
ヴァルターは遠ざかる岸を見つめた。
彼女の姿はもう見えない。
だが、温もりだけは、まだ胸に残っていた。
(必ず……帰る)
船はゆっくりと港を離れ、
灰色の海へと進んでいった。
END




