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フリンツはヴァルターを座らせ、毛布をぐっと引き寄せた。
血のにじんだ包帯を首にぐるりと巻き、端を押さえて染みを見える位置に出す。
ヴァルターが顔をしかめると、フリンツは低い声で言った。
「お前はチフス患者だ。熱と疲労でほとんど話せない。
うめき声以外は出すな。わかったか?」
フリンツはヴァルターの肩に手を当て、二人で外へ歩き出した。
粉雪交じりの北風が顔を刺し、鼻の奥が冷たくなる。
南西へ向かう人波に沿って進むと、やがて検問に並ぶ列に出くわした。
薄く凍った足跡をたどりながら、前の列が一人ずつ詰まり、自分たちの順番が徐々に近づいてくるのがわかった。
下士官らしき男が手を止め、帳簿から顔を上げる。
「Что с ним?」
「Возможно, тиф. У него жар, он бредит.」
フリンツはかすれた声で答え、言葉ごとに息を切らす仕草を混ぜた。
衛生兵が包帯の端をちらりと覗き込み、指先で軽く触れてから顔をしかめる。
フリンツはヴァルターの頭を下に向かせ、正面を見せない。
周囲の兵士たちがざわめき、視線が集まる。
チフスの六文字に自然と距離が生まれ、誰も近寄ろうとはしない。
何事か耳打ちする部下に、下士官は帳簿から目を離さず、煩わずらわしげに手を振る。
それを幸いに、フリンツはヴァルターの肩を押し、ゆっくりと背中を向けた。
ヴァルターは俯いたまま、足元を見ながら歩き出す。
「Эй, вы двое.」
背後から、低く通る声が響いた。
フリンツの足が止まり、ヴァルターの肩がわずかに揺れる。
振り返らずに立ち止まると、部下の男が近づいてきた。
記録板を脇に抱え、二人を見てから、短く言った。
「……Скоро будет машина в санчасть. Садитесь туда.」
男は荷台の待機場所を指さす。
フリンツは一瞬だけその指先を見て、すぐにヴァルターの腕を引いた。
トラックが速度を落とすにつれ、周囲の空気がざわめき始めた。
医療所らしきテントは外まで負傷者で満ち、看護兵が大声で指示を飛ばしつつ
運び込まれる担架を選別していく。
「このまま野営の外に出られないか?」
荷台を降りながらヴァルターが尋ねると、フリンツは首を振った。
「無理だろうな。恐らく、南西側で衝突が起きてる」
「救援部隊か?」
「わからん。ただ、仮に包囲網ここから出られたとして、戦線まで数十キロはある」
テントの中は生気を失った人間であふれていた。
生死の定かでない兵士たちが詰め込まれ、収まりきらないものは、雪に敷かれた
ぼろ布に横たえられている。
その一人に、軍医らしき男が足をとられ、転びかけた。
男は蹴つまづいた兵士のまぶたを、無造作に指で押し上げたあと、苛立ちを露わに叫ぶ。
「Эй, кто‑нибудь, уберите его!」
だが、あたりは皆手一杯なのか、駆け付ける者はいない。
怒声は空返りし、軍医は舌打ちと共に歩き去る。
ヴァルターは顔を上げずに言った。
「うまい手があるかもしれない」
フリンツが怪訝な表情で、周囲を一瞥する。
-医療所で通行に必要な書類を奪う→P.70
-医療所で死体を捨てる作業をかってでる→P.64




