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仰向けの死体を見下ろしながら、ヴァルターが低く言った。
「どうする?」
返事はない。
ヴァルターはしゃがみ込み、上着の内側を探って小さな包みを引き抜いた。
紙を開き、中に残ったわずかな脂身をナイフで押し切って、人数分に分けていく。
薄い欠片を口に入れ、水をひと口ずつ飲んだあと、一行は無言のまま廊下へ出た。
吊られた裸電球が、濁った白を廊下に落としている。
その薄い明りの中を進むうち、濡れたコンクリートに、血のような紅い点が浮かび上がった。
それらは廊下の端で向きを変え、階下へと吸い込まれるように続いている。
階段を降った先には、異様な空間が待っていた。
厚いガラスに仕切られた、無機質な大部屋。
血痕はその奥へと吸い込まれている。
「おい! クラウス!」
躊躇なく進む3人目を追うように、ヴァルターたちは見張りを残し、広い部屋へ足を踏み入れる。
電灯が照らす壁には、掻き毟ったような無数の痕が、白く乾いたコンクリートに刻まれていた。
天井には、等間隔に開いた小さな穴。
「ガス室……」
4人目が掠れた声で呟いた。
「……がす、何だって?」
誰かが問い返した直後、
ギギギ……と不吉な金属音が静寂を裂いた。
弾かれたように振り返ったヴァルターたちの目の前で、重厚な鉄扉がゆっくりと、閉じていく。
「戻れッ!」
叫びも空しく、ガチャン、という非情な金属音が密室の完成を告げる。
外のハンドルが回される鈍い振動が、扉越しに伝わった。
男たちが肩をぶつけるが、鉄扉もガラスもびくともしない。
ガラスの向こうでは、痩せた男が喉を掻き切った見張りの遺体から、弾薬ポーチを剥ぎ取っている。
粗末な農夫の服に、親衛隊の外套を羽織ったその姿は、まるで墓掘り人のようだった。
足もとで青白い結晶の残滓が、陽炎のように揺れる。
「通気口だ! ここから外に…」
屈みこんだ2人目の手に、冷たい鋼線がふれた。
閃光と、肺を圧迫する爆風が音を奪い去り、熱を帯びた赤黒い礫が撒き散る。
鉄錆と焼けた肉の臭気が立ち込める視界に、ひしゃげた認識票と栗毛の生えた頭皮がぼとりと落ちた。
「――――!!」
水に潜った様にぼやけた音の中、3人目がガラスの罅を銃床で突き破り、開いた隙間から銃口をねじ込む。
「地獄へ落ちろ! 豚共が!」
MP40が火を噴き、9mm弾が墓掘りの背中を執拗に抉る。
ボロ布のような外套が内側から踊り、血飛沫が壁を濡らした。
支えを失った身体は、冷たいコンクリートに崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
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