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「……え?」
それは音よりも先に、肌を刺すような圧迫感として訪れた。
遠く、空の向こう側の、ヒュルルルル……と、空気を切り裂く高い音が、急速に、暴力的な低音へと変わっていく。
次の瞬間、世界が裏返った。
凄まじい閃光が網膜を焼き、直後に鼓膜を蹂躙する轟音が炸裂する。
地面が跳ね、身体が数センチ浮き上がるように感じられた。
一発ではない。二発、三発。
降り注ぐ鉄の雨が、石造りの建物をおもちゃの積み木のように粉砕していく。
熱風が頬をなで、舞い上がった土砂と瓦礫の破片が、ヴァルターの背中にバラバラと降り注いだ。
(砲撃支援の……マーキング……!)
ヴァルターは頭を抱え、ただ地面にへばりついた。耳鳴りだけが頭の中でキーンと鳴り続け、自分が叫んでいるのか、いないのかさえ分からなくなった。
やがて衝撃が止み、代わりにパラパラと砂利の落ちる乾いた音だけが残った。
視界は真っ白な粉塵に覆われ、数メートル先も見えない。
ヴァルターは、気道を刺すような灰を咳き込みながら、ふらふらと立ち上がった。
膝が笑い、視界がぐらつく。
崩落した建物の方へ、吸い寄せられるように足を運んだ。
鼻をつくのは、焦げた木材と火薬、そして鉄の匂い。
つい数分前まで兵士たちが酒を酌み交わしていた部屋は、家と人体の残骸が散らばる巨大なクレーターの一部と化していた。
(……)
呼びかけようとしたヴァルターの前で、熱気を含んだ瓦礫がわずかに動いた。
粉塵がぱらぱらと落ち、崩れた梁を押し除けるようにして、暗がりの奥から誰かが這い出てくる。
最初に見えたのは、埃と返り血にまみれた顔だった。
肺の粉塵を吐き出すような、荒い息遣い。
脇に抱えたソ連兵のこめかみにルガーを押し当て、瓦礫からゆっくりと身を起こす。
とっさに地下室に逃げ込み、砲撃を凌いだのだろう。
軍曹の赤黒い顔には、凄惨な笑みがはりついていた。
「……奴隷どもが。やってくれたな」
吐き捨てるように言いながら、軍曹はヴァルターを一瞥した。
――飛びかかる力など残っていない。
そんな判断を表情に滲ませながら、銃口をゆっくりこちらへ向ける。
引き金にかかる指の、ほんの短い動きが、やけに大きく見えた。
その瞬間――
人質になっていた兵士の右手が動いた。
軍曹の死角、瓦礫に隠れた腰元から引き抜かれたのは、鈍く光るエヌエル・ナイフ。
「が……っ!?」
兵士は身をよじるように反転し、軍曹の喉元へ深々と刃を突き立てた。
噴き出した鮮血が、白み始めた朝の空気に赤い霧を撒き散らす。
銃声は響かなかった。ただ、軍曹の喉から漏れる「ヒューッ」という虚しい風切り音だけが、静寂を切り裂いた。
軍曹の身体から力が抜け、人形のように瓦礫の上に崩れ落ちる。
粉塵の中、兵士は荒い呼吸をしながら立っていた。
手にしたナイフを震える指で取り落とし、返り血を拭うこともせず、ヴァルターを見つめる。
そして、足元の瓦礫を蹴り飛ばすようにして駆け寄ってきた。
「……!」
声にならない声。
ヴァルターはその肩を掴み、兵士もまた、折れそうなほど強く彼にしがみついた。
瓦礫の中で、二人はしばらく抱き合っていた。
冷え切った朝の空気の中、
互いの体温だけが、確かな現実だった。
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