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ヴァルターは泥を蹴り、正面の地獄を避けて左手の低地へと飛び込んだ。
かつて豊かな実りを見せていたであろう麦畑が、戦火に焼かれ、黒く打ち捨てられている。
対戦車壕の巨大な裂け目を迂回し、ドイツ軍陣地の側面を突く——それが唯一の
活路に見えた。
だが、泥にまみれた麦の茎をかき分け、進撃路を外れて走るヴァルターの視界に、最悪の光景が飛び込んできた。
「……しまっ、た……」
低地の先、ドイツ軍が対戦車壕を守るために配置した、複数の機関銃座がこちらを向いていた。進路を外れて逃げ込んできた敵兵など、格好の標的でしかない。
ここは、防御火力が一点に集中するように計算された殲滅地帯なのだ。
左右の掩体から、MG42の「電動のこぎり」と呼ばれる猛烈な発射音が重なった。逃げ場のない窪地へ、無数の曳光弾が豪雨のように降り注ぐ。
ヴァルターの身体は、踊るように弾け、赤く染まった麦畑へと崩れ落ちた。
END




