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「 走れ!」
将校の怒声が背中を叩く。ヴァルターは思考を放棄し、ぬかるむ土を蹴った。
眼前に迫るのは、巨大な裂け目のような対戦車壕だ。
底には雨水が溜まり、先んじて命を落とした兵士たちの軍服が泥にまみれて浮いている。
ヴァルターは勢いそのままに斜面を滑り降り、対岸の壁に爪を立てて這い上がる。指先に食い込む泥の感触だけが、自分がまだ生きていることを実感させた。
壕の縁を越えた瞬間、吐き出されるMG34機関銃の弾丸が、懲罰兵たちの体を次々と引き裂いた。遮蔽物のない開けた平原。そこはドイツにとって格好の「射撃場」だ。逃げる場所も、隠れる穴もない。
ヴァルターの瞳に、IV号戦車の黒ずんだ砲口が大きく開いた。
直後、視界が真っ白な閃光に塗り潰される。
音は聞こえなかった。
ただ、凄まじい衝撃が全身を貫き、内臓を、骨を、そして意識を、一瞬にして熱い塵へと分解した。
泥の中に沈んだ軍靴だけを残し、ヴァルターの存在は、クルスクの黒い大地の一部へと還っていった。
END




