p44 完全日本語版
「おい、起きろ」
濁った声と共に、こめかみを小突かれる。
まぶたを押し上げると、逆光の中に黒い銃口が浮かんでいた。
ベッドを囲むのは、野戦灰色の外套に身を包んだドイツ兵が五人。
既に東の空が白み始めていた。
案外、ぐっすり眠れたものだ。そんな場違いな思考が脳裏をかすめる。
「所属と名前を言え」
一人が詰め寄ってきた。
恐らくロシア語だろう。
さっぱりわからない。
ヴァルターは怯えきった振りをしながら両手を突き出し、「あー、うー」と、言葉にならない動揺した叫びをあげた。
「質問に答えろと言っているんだ!」
激昂した拳が視界をよぎる。衝撃。
唇が切れ、鉄の味が口内に広がった。
わざとらしく頭を抱え込み、子供のような嗚咽を漏らす。
どれだけ痛めつけられようが、やめるわけにはいかない。
力任せに顔を上げさせようとする兵士の手を、後ろに控えていた軍曹らしき男が制した。
「もういい。時間の無駄だ、連れてこい」
吐き捨てるような命令に合わせ、すっかり家主の格好になったソ連兵が引きずり出される。
兵士は不安げにこちらを見つめていた。
視線を合わせたまま、何かを問われるのを待っているようだったが、やがて小さく口を開いた。
低く、抑えた声で何ごとか答える。
「そいつは口がきけないそうです」
先ほどヴァルターを殴った兵士が、通訳のように言った。
「自分のいとこで、脱走してきたのをかくまったそうで」
「イワンのやりそうなことだな」
別の兵士が鼻で笑い、他の数人もつられて笑った。
軍曹だけは笑っていない。
無言のまま、ヴァルターをじっと見据えている。
そのとき、部屋の外から別の兵士が入ってきた。
「隊長、これ」
手にした酒瓶を掲げる。
「地下にありました。食糧庫になってます」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
兵士たちの目が一斉に輝き、ざわめきが広がる。
軍曹は舌打ちし、
「見張ってろ」と短く命じて、
一人の兵士を残して部屋を出ていった。
他の兵士たちも、ぞろぞろと後に続く。
部屋には、銃を肩にかけた若い兵士が一人。
壁際に立ち、ちらちらとこちらを見てはいるが、その視線の多くはソ連兵に向けられ、ヴァルターの方は、あまり警戒されていない様子だ。
- 見張りを無力化し、地下室の扉を閉じる →P.53
- すきを見て発煙筒を暖炉に投げ込む →P.49
- 下手に動かず、様子を見る →P.57




