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「Эй, вставай」
濁った声と共に、こめかみを小突かれる。
まぶたを押し上げると、逆光の中に黒い銃口が浮かんでいた。
ベッドを囲むのは、野戦灰色の外套に身を包んだドイツ兵が五人。
既に東の空が白み始めていた。
案外、ぐっすり眠れたものだ。そんな場違いな思考が脳裏をかすめる。
「Назови часть и имя」
一人が詰め寄ってきた。
恐らくロシア語だろう。
さっぱりわからない。
ヴァルターは怯えきった振りをしながら両手を突き出し、「あー、うー」と、言葉にならない動揺した叫びをあげた。
「Отвечай, сукин сын!」
激昂した拳が視界をよぎる。衝撃。
唇が切れ、鉄の味が口内に広がった。
わざとらしく頭を抱え込み、子供のような嗚咽を漏らす。
どれだけ痛めつけられようが、やめるわけにはいかない。
力任せに顔を上げさせようとする兵士の手を、後ろに控えていた軍曹らしき男が制した。
「もういい。時間の無駄だ、連れてこい」
吐き捨てるような命令に合わせ、すっかり家主の格好になったソ連兵が引きずり出される。
兵士は不安げにこちらを見つめていた。
視線を合わせたまま、何かを問われるのを待っているようだったが、やがて小さく口を開いた。
低く、抑えた声で何ごとか答える。
「そいつは口がきけないそうです」
先ほどヴァルターを殴った兵士が、通訳のように言った。
「自分のいとこで、脱走してきたのをかくまったそうで」
「イワンのやりそうなことだな」
別の兵士が鼻で笑い、他の数人もつられて笑った。
軍曹だけは笑っていない。
無言のまま、ヴァルターをじっと見据えている。
そのとき、部屋の外から別の兵士が入ってきた。
「隊長、これ」
手にした酒瓶を掲げる。
「地下にありました。食糧庫になってます」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
兵士たちの目が一斉に輝き、ざわめきが広がる。
軍曹は舌打ちし、
「見張ってろ」と短く命じて、
一人の兵士を残して部屋を出ていった。
他の兵士たちも、ぞろぞろと後に続く。
部屋には、銃を肩にかけた若い兵士が一人。
壁際に立ち、ちらちらとこちらを見てはいるが、その視線の多くはソ連兵に向けられ、ヴァルターの方は、あまり警戒されていない様子だ。
- 見張りを無力化し、地下室の扉を閉じる →P.53
- すきを見て発煙筒を暖炉に投げ込む →P.49
- 下手に動かず、様子を見る →P.57




