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絶叫とも、嗚咽ともつかぬ叫びが泥の野に広がる。
ヴァルターは、感覚の失せた指で銃を握りしめ、ぬかるみに足を取られながら
駆け出した。周囲の男たちも、背後から突きつけられた銃口に背を押されるように、黒土の斜面を這い上がる。
丘の頂に達した瞬間、視界が白熱した。
かつての友軍が潜む防衛線から、容赦のない金属の雨が降り注ぐ。
MG42機関銃特有の、布を切り裂くような高周波の銃声が鼓膜を突き刺した。
ドッ、ドッ、ドッ、と周囲の泥が弾け、隣を走っていた男の頭部が、熟した果実のように弾け飛ぶ。
生暖かい飛沫がヴァルターの頬を濡らしたが、拭う暇さえ与えられない。
視界の端で、誰かが力尽きて倒れ、誰かが千切れた足を押さえてのたうち回る。
ヴァルターの足元にも、無数の弾痕が迫っていた。
逃げ場はない。遮蔽物もない。
ただ、死という名の鉄のカーテンが、全力で彼を迎え入れようとしていた。
不意に、胸元に熱い衝撃が走った。
「カハッ……」
熱い鉄の塊が、防寒着を食い破り、肋骨を砕き、肺臓を貫通する。
衝撃でヴァルターの体は木の葉のように舞い、泥濘の中に叩きつけられた。
空はどこまでも低く、濁った灰色をしていた。
視界が急速に狭まっていく。
喉の奥から溢れ出す鉄の味が、彼が最後に感じた「生」の感触だった。
遠のく意識の中で、重砲の轟音が子守唄のように響く。
泥にまみれたその手から、重い銃が滑り落ちた。
戦場の泥は何の区別もすることなく、一人の人間を静かに飲み込んでいった。
END




