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ヴァルターは外套を身にまとい、兵士たちの後に続いた。
川へ向かう道は、廃墟の隙間を縫うように続いている。
雪は止んでいたが、空気は刺すように冷たい。
口をきくものはいない。
足音だけが、霜と瓦礫の上に響いていた。
この一帯で、味方の勢力圏は“線”のように細く、その外側にはすでに赤軍が押さえている。
廃墟の影に身を寄せながら進むのは、敵地を歩くのと大差なかった。
川岸に近づくにつれ、風が強くなった。
ヴォルガの流れが、夜の闇の中でうねっている。
氷は完全には張っていない。
ところどころ割れ、黒い水面が覗いていた。
前方でカールが手を上げた。
兵士たちは散開し、それぞれ別の渡河点へ向かう。
一か所に固まれば、見つかったときに全滅する。
ヴァルターは一人、川岸の低い段差に身を伏せた。
背後の廃墟の向こうには、敵軍の巡視がいる。
距離は遠いが、灯りをともせば丸見えだ。
対岸は暗く、詳しい様子は知りようもない。
だが、砲撃の音は遠くから響いていた。
外套の裾を締め直し、背嚢の重さを確かめる。
川風が顔を撫でる。
水面の向こうに、何が待っているかは分からない。
ヴァルターは息を吐き、氷の縁に足をかけた。
氷は思ったよりもしっかりしていた。
だが、油断はできない。
一歩ごとに、足元から鈍い音が響く。
そのたびに、背筋がこわばった。
ヴァルターは身を低く保ち、川面を渡る。
風が強く、外套の裾がはためく。
氷の上では、それすらも音になる。
そのときだった。
遠くで、低く唸るような音がした。
ヴァルターは思わず身を伏せる。
——砲撃。
音の方向は、背後。
振り返ると、スターリングラードの市街地に、
火の粉のような閃光がいくつも走っていた。
気付かれたのか。
そう思った瞬間、別の砲弾が空を裂いた。
だが、着弾は市街の中心部。
工場地帯のあたりだ。
ヴァルターは息を殺したまま、耳を澄ませる。
砲声は断続的に続いている。
だが、こちらへ向かっている気配はない。
——別の目標への砲撃だ。
そう思った矢先、
一発の砲弾が、川の中ほどに落ちた。
氷が砕け、黒い水柱が立ち上がる。
破片が飛び、氷面に鋭い音を立てて降り注いだ。
ヴァルターはとっさに伏せ、腕で頭を覆った。
水しぶきが頬をかすめ、外套の肩を濡らした。
そのとき、前方の氷面に何かが揺れているのが見えた。
黒い影。
近づくと、一人の兵士が氷の割れ目に落ちていた。
片腕を氷の縁にかけ、必死に水をかいている。
顔はわからないが、外套は自分が着ているものと同じに見えた。
- 手を伸ばす→P.11
- つかまれ、と銃を差し出す→P.19




