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ヴァルターは、心配そうにこちらをのぞき込む兵士に、自分の上着を脱ぎ
無言で差し出した。
兵士はそれを受け取りながら、困惑したようにヴァルターを見つめる。
ヴァルターは、手のひらで自分の胸元を叩き、次いで兵士の肩を指差す。
「着ろ」と言葉にせず伝える。
兵士はしばらく動かなかったが、やがてゆっくりと上着に袖を通した。
ヴァルターは頷き、今度は兵士のコートを指差し、手を差し出す。
「代わりに、それを」と目で促す。
兵士はようやく意図を理解したらしく、赤軍のコートを脱いで差し出した。
ヴァルターはそれを受け取り、肩に羽織る。
少し大きいが、今はそれでいい。
(ここにとどまる以上、相応の準備がいる)
ぼんやりとした頭で、棚に残された赤い筒に目をやる。
発煙筒。
こちらの位置を知らせることができる。
すでに戦況は、向こうが優勢になりつつある。
うまく使えば、救助が見込めるかもしれない。
視線を戻すと、
兵士がコートの前を合わせながら、ぎこちなく立ち尽くしていた。
民間人の姿に変わった自分を、どこか落ち着かない様子で見下ろしている。
(……現状で、やれるだけをやるしかない)
指先に残る痛みを無視して、ヴァルターは発煙筒を手に取った。
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