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灰の街を越えて *AI執筆  作者: gramgram


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29/108

p29


ヴァルターは、自分でも驚くほど滑らかに「ファシズム批判」と「自分の過ち」を語り続けていた。

言葉は、考えるより先に口をついて出た。

それが本心なのか、痛みと疲労が生んだ逃避なのか、自分でも判別できなかった。


政治将校は満足げに頷き、書類に何かを書き込んだ。



その後のヴァルターは、別の収容施設へ移され、そこで“仕事”を与えられた。


捕虜向けビラの文面作成。

写真撮影。

ファシズムの誤りを認める証言。


待遇は悪くなかった。

食事は温かく、作業も軽い。

監視兵の目は常にあったが、

殴られることも、怒号を浴びることもない。


「スターリングラードが陥落した」


その知らせを聞いた瞬間、胸の奥で何かが音を立てた。

安堵か、虚無か。

判断のつかない感情がゆっくりと広がっていった。




数週間が過ぎたころ、政治将校が作業室に現れた。


「新しい任務だ。準備しろ」


トラックが止まったのは、ウクライナの東、ハリコフという都市にほど近い、

川のそばだった。

雪解けの泥が広がり、遠くで重砲の音が絶え間なく響いている。

ここは、ソ連軍がドイツ軍の再編成を押し返そうとしている激戦地だった。

ヴァルターは、将校に連れられ、土嚢と丸太で囲まれた野戦指揮所へ入る。


「連中に降伏を促せ。成功すればドイツ解放軍の”宣伝相”に推してやる」

将校が鼻を鳴らしながら、拡声器を手渡すと、顎で前方を示す。


ヴァルターは兵士に囲まれ、泥に沈む足を引きずりながら歩き出した。

距離が進むほど、銃声は生々しく、空気は重くなっていく。

やがて、塹壕を見下ろす緩やかな丘の上に立たった。


背後にはソ連兵の銃口。

前方には、かつての仲間たちの沈黙。


ヴァルターは凍える手で拡声器を握り直した。

冷たい金属の指ざわりに、久しく触れていなかった引き金の感触を思い出す。


喉の奥が乾ききっていたが、言葉はやはり滑らかに溢れ出した。


「……ドイツ軍の兵士諸君。私は歩兵第305連隊のヴァルター・グレーべ伍長だ」


自分の声が、雪解けの原野に不自然なほど大きく響き渡る。


「君たちは騙されている。

総統が約束した勝利は、今やこの泥濘と氷の中に埋もれた。

スターリングラードを見よ。

戦友たちは救われることなく見捨てられたのだ。

ナチスの掲げる理想とは、結局のところ、我々の命を燃料として燃え上がる、

虚妄の業火に過ぎない。これ以上の抵抗は勇気ではなく、無益な自死だ」


論理的であろうと努めるほど、言葉は研ぎ澄まされていった。


「正しい判断を下すべきだ。降伏は不名誉ではない。

生存こそが、戦後に新たなドイツを再建するための唯一の義務である。

ソ連軍は捕虜の安全を保証している。

無意味な狂信を捨て、人間としての尊厳を……」


乾いた音が、遠くの砲声とは異なる鋭さで空気を引き裂いた。

ヴァルターの視界が、唐突に大きく揺らぎ、反転した。

衝撃は感じなかった。

ただ、胸のあたりに熱い塊が突っ込まれたような違和感があり、次の瞬間には

膝の下から力が消えていた。


「あ……」


泥の中に倒れ込んだヴァルターは、自分の吐息が急激に浅くなるのを感じた。

拡声器は手から離れ、泥水に浸かって低くハウリングしている。


空を見上げると、鉛色の雲がゆっくりと流れていた。

痛みは後からやってきた。焼けるような熱さが肺を浸食し、呼吸のたびに鉄の味が口の中に広がる。背後の兵士が何かを叫び、応戦の銃火が頭上を飛び交ったが、その音も次第に遠ざかっていく。


指先が、泥を掴もうとして力なく震えた。

自分の言葉が本心だったのか、それとも生き延びるための演技だったのか。

その答えが出る前に、思考の輪郭が溶けていく。


END

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