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あたりが暗くなり始めた。
ヴァルターは瓦礫の陰から身を起こし、市街南部の廃工場地帯へ向かった。
そこは包囲が始まってからも、辛うじてドイツ側が保持していた区域だった。
攻勢の中心である北側の工場群とは違い、敵も手薄で監視も粗い。
夜間なら、川岸へ出られる可能性はあるが、どこに罠が潜んでいるかわからない。
地下通路、崩れた配管、廃棄された機械の陰——
ヴァルターは慎重に進んだ。
焼け焦げた鉄骨の間を抜け、崩れた壁の隙間を潜る。
待ち合わせの場所は、屋根の崩落した工場らしき建物だった。
その入り口に向かって、小石を二つ投げる。
一つは壁にあたり、もう一つは中に転がった。
しばらくして、暗がりから数人の影が現れた。
先頭はカールだった。
ヴァルターは一瞬ぎょっとした。
全員が赤軍の外套をまとっていたからだ。
「お前の分だ」
カールが一着を差し出す。
「ちょうど一つ、余ったんでな」
ヴァルターは受け取った。
暗い中でも、背中一面に乾いた血がこびりついているのがわかる。
「……全員で渡河を?」
カールは肩をすくめた。
「狙いが分散する方がいいからな。
渡ったら東岸の低地に出て、そこから南東へ下る。
アクチュパ川の流域は人家も少なく、前線帯から外れて、追跡も薄くなるそうだ」
「どこで仕入れたんだ、そんな話」
「情報部が捕まえた工兵が吐いたらしい。
尋問に立ち会った通訳の話だが、確かめたやつはいない。
集合地点は、川を渡って三キロ先の送電塔跡だ」
ヴァルターは、頭の中で地図をなぞった。
ヴォルガ河の向こうに広がるのは、かつて補給路の末端にあった荒地だ。
低く湿った岸辺と、雪に埋もれた畑。
その先には、白く凍てついた草原が続いている。
兵士たちの顔は、疲労と緊張でこわばっている。
どれも死人のように蒼白で、目の奥に光はなかった。
ヴァルターは外套を握りしめたまま、川風の匂いを感じた。
遠くで氷が軋む音がした。
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