p19
「つかまれ!」
ヴァルターは伏せた姿勢のまま、背負っていた小銃の銃床を氷の割れ目へと差し出した。
溺れかけていた兵士が、縋り付くように銃身を掴む。
だが、水を吸った外套と装備の重さは想像を絶していた。
引き上げようと力を込めるたびに、ヴァルター自身の体も滑り、氷が「ギギ……」と不吉な音を立てる。
「くそっ、あきらめるな!」
焦燥が募る。その時だった。
「Стой!」
氷の向こうから、短い叫びが響く。
直後、夜の闇を切り裂いて曳光弾が走り、ヴァルターのすぐ脇の氷を砕いた。
見つかった。
兵士の指が、凍えと恐怖で銃身から滑り落ちそうになる。
ヴァルターはなおも引き寄せようとしたが、次の一連の銃弾が背嚢をかすめた。
敵の増援が川岸に集まってくる気配がする。このままでは二人とも標的だ。
「……すまない」
ヴァルターは絞り出すように呟くと、銃から手を離した。
沈みゆく兵士の絶望に満ちた視線を振り切るように、氷上を転がるように離れる。
照明弾が上がる。
白い光が氷面を照らし、影が長く伸びる。
ヴァルターは光の死角を探しながら、氷の割れ目を飛び越えて進んだ。
弾が氷を砕き、黒い水が跳ねる。
ヴァルターは息を切らしながら、氷の厚い方向へ、方向感覚だけを頼りに走った。
やがて、対岸の影が近づいてきた。
葦が揺れ、低い岸が見える。
ヴァルターは最後の力で凍った泥の上に転り、遮蔽物となる斜面に身を寄せる。
予定していた渡河点から、大きく外れてしまった。
周囲の安全を確かめ次第、すぐにでもこの場を離れなければならない。
だが、立ち上がろうとしたヴァルターの視界に、複数の影が音もなく立ちふさがった。
「Не двигаться」
低い声とともに、数条の懐中電灯の光がヴァルターを射抜く。
そこには、逃げ道を塞ぐように展開した兵士たちが待ち構えていた。
銃口はすべて、寸分の狂いもなく彼に向けられている。
偶然ではない。
あの銃撃は——自分をこの地点へと追い込むための、冷徹な計算の一部だったのだ。
膝をつかされたヴァルターの前に、一人の将校が歩み寄ってきた。
→P.23




