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割れ目の縁に膝をつき、必死に右手を差し出す。
相手は、凍てつく水の中で視線を泳がせ、救いを求めるようにヴァルターの手を掴んだ。
その手は、驚くほど重く、そして冷たかった。
「……っ!」
助け起こそうとした瞬間、ヴァルターの足元の氷が悲鳴を上げた。
先ほどの着弾で、周囲の氷板にはすでに無数の亀裂が入っていたのだ。
掴まれた手に全体重がかかる。抵抗する間もなかった。
靴底が氷の上を無情に滑り、ヴァルターの体は吸い込まれるように黒い水面へと引きずり込まれた。
衝撃的な冷たさが全身を襲う。
肺の中の空気が一瞬で凍てつき、心臓が激しく脈打った。
必死にもがこうとするが、水を吸った重い外套が鎖のように体を下へと引き寄せる。
水面の上では、街を焼く砲火の光がゆらめき、遠ざかっていくのが見えた。
やがて、指先の感覚が消え、視界の端からじわじわと闇が浸食してくる。
激しい震えはいつしか収まり、体温を失った脳に、奇妙な安らぎが訪れた。
川風の音も、遠い砲声も、もう聞こえない。
ヴォルガの冷たい抱擁の中で、ヴァルターの意識は深い深い眠りへと落ちていった。
END




