第5話。騎士団とハンター
だいぶ書き直しました。
昔の記憶を頼りに、街道を歩く。
地形の基本は同じだが――距離感やサイズが、どこか微妙にズレている。
「……まぁ、だいたいは合ってる。たぶん……大丈夫、だろ」
そんな不安を振り払うように、足を進める。
頼りになるのは、やっぱり――ジョン。
彼は先頭を軽快に歩きながら、時折振り返ってこちらを確認してくれる。
キリッと引き締まった横顔。警戒モードの表情も、なかなか様になってるじゃないか。
「頼もしいな、ジョン」
――と、その時。
ジョンがピタッと足を止めた。
そのまま、前方をじっと見据える。
耳はピンと立ち、低く、静かに唸り声をあげる。
「……!」
緊張感が一気に走る。
ジョンは鼻を鳴らしながら、振り返ってこちらをチラリと見る。
“何かいる。警戒しろ。” そう語るような、その仕草。
私もつられて息を呑み、周囲に意識を集中させた――その時だった。
「ギィ……ギィ……」
「カチャッ……ガチャッ……」
鎧の軋む音。
そして、木製の車輪が土を擦る、荷車の音。
「……人?」
耳に意識を集中する。
音の距離、方向、重さ――
「これが……エルフ耳の力かッ!!」
小さくガッツポーズ。
異世界ファンタジー的チートっぽさ、テンション爆上がりである。
だが次の瞬間、自分で自分に冷静なツッコミが入った。
「いや、ゴブリンやオークの時にも聞こえてただろ私……」
テンションの落差で、一瞬ふらつきそうになる。
とはいえ、どうやら向こうもこっちに気づいてはいない様子だ。
「……さて、ここからどうする?」
ジョンの視線の先に、木々の合間からわずかに“それらしい影”が見え始めていた――
甲冑を着た騎士たち。
小隊規模だろうか。先頭に立つのは、見るからに統率のとれた女性騎士。
スラリとした長身で、鋭い目つきに整った顔立ち。
「……なんか映画に出てきそうな、やたら凛々しい女騎士……?」
ぶっちゃけ、カッコイイ系の美女である。
その後ろには、ややラフな装備の雇われ兵たちが数名。
……うん、あれはたぶんガチでただの兵士だ。
「うわ、あのオークマジやべぇって……」
「けどよぉ、あの女、けっこう良くね? つるっとしてて、なんかこう……エルフ的な?」
「なぁ、胸デカすぎだろ。あれ抱いたら窒息するやつだわ」
「夜とか、うっかり寝込み襲われたいよな……ぐへへ」
――うわ、下品だ。
しかもその声、絶妙に部隊長にも聞こえるかどうかギリギリの音量で言ってやがる。
「……あ?」
隣にいた他の騎士団員がギロリと睨んで兵士たちを牽制する。
ジョンが一瞬、うなるように低く鳴いた。
やはりお前も感じているか、この場の空気の悪さを。
だが、視線の中で一人だけ異なる雰囲気を放つのが、先頭の女性騎士。
部隊長か。どう見ても只者じゃない。
立ち姿からして、日頃から相当鍛えてるのがわかる。
たぶん、男社会でやっていくために自分を磨きまくったタイプ。
気を抜いたら舐められる世界で、誰よりも鍛えてきた結果なのだろう。
その分、女らしいものに惹かれる――というのも、妙に納得できる話だ。
(ああいう女がいるのか、この世界……というかゲーム? いや、もうどっちでもいいわ)
そして、その女騎士がこちらを見た瞬間。
彼女の目が、一瞬だけ鋭く見開かれた。
「……ディルクエルフ? まさか……」
なにやら小声で呟く。
聞こえなかったけど、なんか明らかに反応していた。
(いやいや、私は普通のダークエルフですよ? 青いのは日焼け止め失敗したとかそういう系……)
自分ではまったく知らないが、実はその「青い肌」は極めて希少な種族“ディルクエルフ”の証。
さらに言えば、伝説の存在とされる「シア・ヴァルシア」の特徴そのもの――
だが、当然本人は知る由もない。
「おい、そこの者!」
唐突に話しかけてきた。
騎士団の数名がこちらに向かってくる。
「この辺りは魔物の出現が頻繁だ。女一人で旅をするには危険すぎる」
「一人じゃない、犬もいる」
「……そういう問題ではない」
なんかもう、会話のテンポが合わない。
そして、後ろの兵士たちはクスクス笑いながら、また下品なことを言っていた。
「なぁ、あれ服ってかほぼ下着じゃねぇ?」「つーか、胸でかすぎじゃね?」
「お前、あんなの連れて旅してみろよ、夜は寝れねぇぞ」
またしても部隊長に聞こえるギリギリの音量だ。
ジョンが低く唸る。
よくやった。
部隊長が手をかざして兵士たちの言葉を止める。
「失礼な真似は慎め」
その一言で、場がピンと引き締まった。
(おぉ……できる上司……)
「名を聞いても?」
「……ヒディ」
「……姓はないのか?」
「うん。うちは貴族じゃないから」
微妙な間が流れる。
そのあと、ほんの少しだけ困ったような笑みを浮かべて、部隊長は頷いた。
「ここから北東へ進めば街がある。そこまでは安全とは言い難いが、少なくとも街道を外れなければ問題ないはずだ」
「ありがとうございます」
「あの……」と何かを言いかけたが、やがて言葉を飲み込むように背を向けた。
(……ん? なんか言いたそうだったけど?)
隊列を整えて、騎士団は再び進み出す。
ジョンがこちらを見上げて、小さく「ワン」と鳴く。
「……行こうか」
騎士たちの背中を見送りながら、再び歩き出す。
(……ていうか、あれNPCだったのか? プレイヤーだったのか? ロープレ、合わせたほうがよかったのかな……)
悩みながらも、ジョンと共に静かに歩き出すのだった。
騎士団と別れてからしばらく街道を進んだ。
木々がまばらになり、青い葉と茶色い落ち葉が土の上で美しいコントラストを描く。
北欧の夏みたいな雰囲気だ。
行ったことないけどな。
この世界は美しいな。なぁ、ジョンよ。
先行しているジョンをじっと見る。
そこそこ大きい。
……乗れるんじゃね? と思う。
「ちょっとこっち来てジョン」
警戒を中断したジョンは、すぐに「タッタッタッタッ」と軽快な足音を響かせながら戻ってきて、愛らしい上目遣いでこちらを見上げる。
「ちょっと我慢して」と声をかけ、背に手を添えてみる。
するとジョンはすぐお座りしてしまった。
「あっ、ジョン。乗っかってみるから耐えてくれ」と言いながら、そっと手を添える。
耐えてる。
腰を軽く落とす。
耐えてる。
徐々に体重をかける。
……へにょる。
「もう一回。ジョン、わかるよな? 本気で耐えてみて」
手を添える。
耐えてる。
腰を軽く落とす。
耐えてる。
徐々に体重をかける。
……へにょる。
「やっぱダメか~~~!!」
まあ、馬や牛の背骨の構造と犬や猫の構造は違うらしい。肉食獣の背骨は荷重に耐えられる作りになっていないと聞いたことがある。
だから期待はしていなかった……いや、ちょっとだけ期待した。小さい頃、セントバーナードなら乗れるんじゃないかと思っていた。
試せなかったけど。そもそもセントバーナードを飼うとか、どんだけ金持ちなんだよ!話がそれたな。
そんなアホなことをしながら歩いていると、道路脇で野営している一団が目に入り、足を止めた。
火を囲む4人のハンターたちが準備を進めている。その中で、一人の大男が腕を包帯で巻かれ、痛みに顔を歪めていた。
まず思ったことは、「怪我をしている?」だった。ゲームで怪我の概念なんてなかったからだ。
ダメージが入ってもHPの数値が減るだけで、外見は変わらなかった。怪我をしてもポーションで治るはず……そう考えると、これはイベントなのか?と迷う。
一団の構成は多様だった。リーダー格の中年男性は鋭い眼光と慎重な雰囲気を持ち、場慣れした実力者のようだった。
若い男性は明るく、まだ経験が浅いながらも情熱を感じさせる表情をしている。
冷静な雰囲気を漂わせる女性は、戦略や判断力に長けている印象で、知的なオーラを放っていた。
そして最後の一人は大柄な男性で、腕の怪我に耐えながらも、他者に気遣われることを良しとしないプライドが感じられた。
どうするか迷ったが、どちらにせよロールプレイするのが良いだろうと判断する。ため息をつき、慎重に彼らへと近づいた。
リーダーがすぐに身構え、低い声で問いかける。
「何者だ?何の用だ?」
彼の警戒心が全員に伝播し、他のメンバーもそれぞれの武器に手を伸ばした。ジョンもその場に低く唸り声をあげ、一団を鋭い目つきで見つめる。
女性メンバーがジョンに目を留め、「その犬……普通の犬じゃないわね」と呟くと、大男もジョンをじっと見つめ、緊張を隠せない様子だった。
「旅人です。ただ、怪我をしている方を見かけたので、自分の持ってるポーションならなんとかなるかもしれません」
静かに伝えると、リーダーは険しい顔を崩さず「近づくなら怪しい動きをするな」と警告したが、徐々に場の空気は和らぎ始めていた。
その時、ローブを着た軽装の女性──耳が尖っている、エルフだろうか?──がじっとこちらを見つめ、ぽつりと呟いた。
「青白い肌のダークエルフ……本物ってわけじゃないわよね?でも周りに精霊の光が見えるわ……」
彼女の戸惑った様子に、他のメンバーも希少な容姿に目を奪われている。
こちらも初めて肉眼でエルフを見て、その美しさに思わず見惚れてしまう。自分もエルフっぽいけど、鏡でじっくり見たことはないからな……やっぱりエルフはすごい、美人だ。
(うーん、サブキャラを作ってみてもいいかもしれないな、なんて。)
「治療ができるならしてくれ。ただし、こちらの警戒は解かない」
リーダーが慎重に頷きながらポーションを取り出し、大男の腕にそれを垂らした。すると──
傷口に触れたポーションが、血を止めるどころか、みるみるうちに塞がり、数秒で跡形もなくなった。大男が目を見開く。
「な、なんだこれ……傷が一瞬で……!」
「これは……このポーションは……」と女性が震えた声で呟く。
若い男性も驚きながら、「あんた、すげぇもん持ってるな!」と声を上げる。
驚いているのは彼らだけではない。
(これって普通のポーションじゃないのか?)
自分にとっては、傷を治すのが当たり前だと思っていた。でも、周りの反応がこれほど大きいとは、少し困惑してしまう。
(いや、でもこれが普通だよな?)
自分ではそう思っても、どうしても周囲の目が気になってしまう。そんな自分を少し情けなく感じる。
「こんな効き目のポーションが存在するなんて……」
リーダーが疑いの目を向けてきた。
(まあ、普通に考えても、こんなポーションがあったらおかしいよな。でも、まあ、今更感を出すのもな。)
「ははははは!偶然ですよ!偶然!」
何が偶然なのかさっぱりわからないが、とりあえず勢いで誤魔化しておこう。
傷が完全に治り、ゴルダンが腕を回しながら満足げにうなり声をあげた。
「助かった……本当にありがとう。お前、大したもんだな!」
その感謝の言葉に、軽く笑顔を見せながらも内心では
(いや、ポーションがすごかっただけだってば。別に俺は何もしてないっての。)
「いえ、ポーションが優秀だっただけです」と、控えめに答える。
リーダーっぽい男が真剣な表情で口を開く。
「ポーションの事は深く聞かないでおこう。貴重なものを使わせてしまったのは申し訳ない。」
リーダーが真摯に礼を言いながら、続けて言った。
「仲間を助けてくれてありがとう。ポーション代を払いたいのだが、それほどまでの効力だと、さぞ高いのだろう。払える金額だといいのだが……足りなかったら俺を売って賄おう。」
(いや、待て待て。ちょっと待てよ。)
「……ちょっと待てよ!リーダーが身売りしたら元も子もねぇ~じゃね~かっ!」
若い男が即座にツッコミを入れた。自分も思わず心の中で頷いた。あのリーダー、いくらなんでも身売りって……。
「俺がヘマして怪我したんだから、俺がなんとかする!レオヴィンが身売りすることはない!」
大男が力強く言い切る。なるほど、あの大男ならその力でどうにかなるんだろう。
「とりあえず値段聞いてみましょ?みんなで頑張れば払えるかもしれないし。」
エルフが冷静に提案した。
一通りの寸劇が終わると、4人がこちらをじっと凝視している。いや、別にお金を取る気はさらさらないんだけどね。
(まぁ、でも、ちょっとお得な情報はもらえるかもな。)
「いえいえ、こちらが勝手に使ったのでお代は結構です。その代わりに、この辺の情報とか街までの距離とか教えてくれたら助かります。」
4人は顔を見合わせ、頷く。
リーダーっぽい男が答える。
「あなたがそう言うならありがたい。もちろん情報交換は互いの利益になるから、いくらでも聞いてくれ。俺たちはPT名『猟撃の絆』だ。
ハンターとしてはB級だから、何か困ったことがあったら頼ってくれ。借りは必ず返す。」
「えっと、名前は……」
そういえば、まだ決めてなかったな。
昔は「シア・ヴァルシア」って名乗っていたけど、今さらそれを使うのも恥ずかしい。
リアルっぽく「シア・ヴァルシアです」って言うのも、なんか違う気がする。うーん、どうしようかな。
本名をもじって、「日出志」だし……どうしてもこの名前が頭をよぎってしまう。
「えっと、名前はヒディです。よろしくどうぞ」
(なんか、変に自信がないけど、これでいいか……)
その名前を聞いたエルフが、かすかに呟く。
「シアじゃないのね……」と、少し考え込むような表情を浮かべる。
(あれ?今の何だろう?でも、まあいいか。気にするのは面倒だ。)
その後、リーダーが口を開いた。
「俺はレオヴィン。このハンターグループをまとめているリーダーだ。よろしく頼む。」
若い男性が勢いよく笑いながら手を挙げる。
「俺はエルヴィス!罠を仕掛けたり獲物を探したりするのが得意だ。よろしくな、ヒディ!」
(うん、若いっていいなぁ。元気で、なんかちょっと楽しくなってきた。)
「私はマリア・セルフィード。草薬の知識や治療、それに探索の支援が得意よ。」
マリアが落ち着いた口調で挨拶する。なんだか、さっきから物腰が柔らかいけど、少し気になる雰囲気があるな。
そして最後に、治療を受けたばかりの大男が、大きな声で自己紹介を始める。
「ゴルダンだ。力任せの戦闘は得意だけど……まあ、怪我はどうしようもない。ヒディ、お前のおかげで助かったよ。感謝してるぜ!」
ゴルダンが豪快に笑いながら頭を下げる。その笑顔に少し驚きつつも、ほっとした。
(力任せ、ね。まあ、大事なのは怪我してもちゃんと回復できることだし。感謝されるのは悪い気はしない。)
一通り自己紹介が終わると、マリアがじっとこちらを見つめる。
「あなた、ダークエルフよね?」と静かに問いかける。
その言葉に、場が少し静まり、他のメンバーも驚いた顔でこちらを見つめる。
(あぁ、やっぱり気になるのか……でも、どうしてそんなに珍しがられるんだろう?)
「えっと……そうですね。珍しいかもしれないけど、ただの旅人です。」と答える。
(うーん、ダークエルフってそんなに珍しいのか? わからんなぁ。)
マリアは目を細めて微笑み、「珍しいなんてもんじゃないわ。」と言葉を付け足す。
(あぁ、ますますわけわかんなくなってきた。特別なのか普通なのか、全然わかんない。)
他のメンバーは驚きの表情を浮かべつつも、
「まあ、無事でよかった」「特別なのはいいことだ」と、それぞれ感想を述べながら火の周りに戻っていった。
火を囲みながら、空気が少し和らぐのを感じつつ、ジョンを撫でながらその温もりを享受する。
(ああ、ジョン……安心できる場所があるっていいもんだな。)