第3話。旅の仲間 【人間の友】
食事の準備は、順調そのものだった。
素材アイテムの生肉――ぱっと見は、普通の肉。
棒に刺して火にかざしてみたところ、香ばしい匂いがふわりと立ちのぼる。
「……お? 塩もないのに、ちゃんと味あるな」
ほんのりと旨味が感じられた。
どうやら、この世界の肉は素材そのものに味がついているらしい。
アイテム欄には、クリスマスイベント限定のローストチキンも入っていたが、
さすがに今は出番じゃない。こういうのは“特別な時”に取っておく派だ。
「主食は……ないな。パンとか米、そういえばこのゲームにはなかったかもな」
昔からこのゲームには、“ご飯”っぽい食べ物が少なかった。
腹を満たすよりも、ステータス回復が主な目的だったからだろう。
棒に刺した肉は、じゅうじゅうと音を立て、いい感じに焼き上がっていく。
炎の光に照らされたその姿は、ちょっとしたグルメ番組のようだ。
「……やっぱ、一人暮らし長かったしなぁ……」
料理には、それなりに自信がある。
鉄のフライパンを空焼きして、油を馴染ませる工程が好きだった。
素材や道具にもこだわりすぎて、自炊なのに高くつくこともしばしば。
でも――
**“家庭料理の真髄”**に気づいたのは、だいぶ年を重ねてからだった。
一食ごとに凝るよりも、週単位で献立を組んで、素材を無駄なく使いきること。
それが、生活のリズムにも財布にも優しい。
プロのような均一な味は出せなくても――
作るたびにちょっとずつ違う、その“ズレ”がむしろ楽しかった。
「うん、今日の味も悪くない。やっぱ火っていいな……」
異世界で、焼き肉をじっくり焼きながら、
高木は静かに、ひとりだけの夕餉を味わっていた。
「さて、食べるか。うまそうだ――」
こんがり焼けた肉から漂う香ばしい匂いが、夜の空気にじんわりと広がっていく。
焚き火の明かり、肉が焼ける音、そしてほのかな湯気――
まさに、旅の疲れを癒すひととき……になるはずだった。
その時。
ゾクリと背筋に走る異変。
風でもない。気のせいでもない。
“視線”が、ある。
ゆっくりと視線を森の闇に向ける――
木々の影の間から、何かがぬるりと姿を現す。
それは、一頭の大型犬だった。
鋭い瞳が、焚き火越しのこちらを射抜くように見つめてくる。
だがその目は、敵意ではなく、空腹と苦痛を滲ませていた。
痩せた身体。引きずるようにしか動かせない後ろ足。
毛並みは荒れ、ところどころ地肌が見えている。
高木の手が止まり、身体が固まる。
串を持ったまま、犬と目を合わせたまま、動けない。
心臓の音が大きくなる。
体がほんのりと、熱を帯びてくる。
「……匂い、か」
つぶやきが漏れる。
自然界での野営では、調理=命取りというのは、あるあるだ。
干し肉で済ませるのが正解だったか――持ってないけど。
本能的に、腰の剣に手を伸ばしていた。
柄に触れた瞬間、少しだけ気持ちが落ち着く。
だが――
犬の目を、もう一度、しっかりと見つめた。
その瞳に宿っているのは、痛みと飢え。
戦意も憎悪も、何もない。
「……っ」
息を呑み、剣から手をそっと離す。
焚き火の明かりに照らされた犬の姿は、
今にも崩れ落ちそうなほどに、弱っていた。
「……飢えているのか」
つぶやきながら、高木はそっと手を動かす。
まだ焼いていない生の肉をひとつ取り出し――
ヒュッ、と軽く放り投げた。
肉は犬の前方、少し離れた地面に落ちる。
犬は警戒したようにビクッと身を引くが、
次第にその鼻がクンクンと動き始める。
ゆっくりと、慎重に近づいてくる。
匂いを確かめるように、鼻先で肉をなぞると――
パクッと、一気に食べ始めた。
「……そういえば、このゲーム……」
思い出す。
この世界には、犬だけを相棒にできる特殊なシステムがあった。
テイマー系の職業はなかったが、犬に限っては手懐けることが可能だった。
その方法は――
HPを限界まで削り、専用の餌を与える。
いま目の前のこの犬。
痩せ細り、後ろ足を引きずりながら、
それでも必死に肉を頬張っている。
体力ゲージが見えていなくても、
「これはもう一桁だな」と感じるほどに、ギリギリの状態。
そして――
高木が今焼いていたその肉。
それこそが、**犬を仲間にする“専用の餌”**だった。
運命なのか、偶然なのか。
試しにもう一枚、肉を差し出してみる。
犬の瞳が一瞬、揺れた。
張り詰めていた緊張が、ほんのわずかに、ほどける。
「……そんなに美味かったか。
いいぞ、好きなだけ食べな。」
次々と肉を放り投げる。
そのたびに、犬はほんの少しずつ前へ。
足取りは弱々しいが、確実にこちらへと近づいてくる。
焚き火の明かりの中――
犬の瞳が、きらきらと輝いて見えた。
いくつか肉を食べると、犬は満足したように口元をぺろりと舐めた。
「……よし、水も飲むか?」
水分補給も大事だ。
高木は平らな鍋に聖水を注ぎ、犬の前に置いてやる。
犬はためらいなく顔を突っ込み、ガブガブと音を立てて飲み始めた。
その間に、高木は次の準備に取りかかる。
「……試してみるか、ポーション」
インベントリから回復用のポーションを取り出し、鍋の水に少し混ぜる。
さらに、犬の後ろ足――特に引きずっていた部分にも、直接かけてみた。
ピチャッ、ピチャ……
少し乱暴にかけているが、もう犬も高木も、そんなことは気にしていない。
ポーションが染み込むにつれて――
みるみるうちに、傷口がふさがり、毛並みが整い始めた。
「おお……すげぇな。こんな効き目だったっけ」
痛々しかった足取りも、少しずつしっかりしてくる。
呼吸も安定し、目の輝きが増した気がした。
「……だったら、もういっそ全身だな」
高木はポーションを大胆に振りかけていく。
頭から、背中から、まるで水浴びさせるかのように――
ジャバジャバと、遠慮なく。
魔法薬はどうやらアルコール系の揮発性らしく、すぐに乾いていく。
「……おお、汚れも落ちてる」
手を伸ばして撫でてみる。
フカフカ。モフモフ。
高級毛布のような手触り。
「……洗ってない犬って、ゴワゴワでベタベタだったよな。
なんだこの奇跡の手触り。これが……異世界仕様か……」
一瞬、自分にもかけてみようかと思ったが――
「……いや、今はやめとこう」
誰にも言われてないのに、自然と止めていた。
犬が「ワン!」と一声、元気よく吠えた。
お礼、だろうか。
声のトーンは軽やかで、口元もほんの少し緩んで見える。
――まるで笑っているかのように。
「……テイム、できた……のか?」
確信はない。
けれど、そう思えるほど、目の前の犬の様子は穏やかだった。
そのまま、犬がすっと近づいてきて――
高木の膝の上に、頭を乗せてきた。
「……撫でろってか?」
そっと頭に手を置いて、優しく撫でる。
犬は目を細め、気持ちよさそうにじっとしている。
尻尾が、控えめに左右へと揺れ始めた。
「……そんなに嬉しいのか。
よーしよしよし……」
撫でる手にあわせて、犬はさらに頭を押し付けてくる。
完全に預けている。
尻尾も、今やブンブン全開モード。
「……これは完全に落ちたな。テイム成功、ってことでいいのか?」
試しに、声をかけてみる。
「お前、一緒に来るか?」
犬は、ピンと背筋を伸ばして――
「ワン!!」
元気よく答えた。
尻尾が、力強く地面を叩く。
「……わかった。これからよろしくな」
そう言って、再び頭を撫でる。
「さて、**名前は……**何にしようか」
焚き火のあかりが、ふたりの影を地面に並べていた。
昔――
実家で犬を飼っていたことがある。
小学生の頃、朝がとにかく苦手だった自分。
それでも、その犬のために頑張って早起きして、毎朝散歩に連れて行っていた。
当時は、今のような管理も緩くて、
学校の校庭が自由に出入りできる状態だった。
誰もいない朝の校庭を、まるでドッグランのように使っていた。
今思えば、なんて贅沢な時間だったんだろう。
アスファルトじゃない土の匂いと、風を切って走る犬の姿――
あれは、本当に幸せな記憶だった。
そして、その犬に自分がつけた名前は――
「……まぁ、犬の名前としてはベタ中のベタだったな」
猫なら「みーこ」。
犬なら、間違いなくこれ。
高木は、焚き火の明かりに照らされながら、隣にいる犬にそっと声をかけた。
「お前は今日から――ジョンな」
「ワン!!」
元気よく吠えて、尻尾をぶんぶん振って答えてくれた。
「……よし、よろしくな、ジョン。」
やっと、自分も食事にありつける。
ミディアムに焼き上がった肉が、いい感じに肉汁を閉じ込めている。
ジョンにかまっていた間に、ちょうどいい寝かせ時間になっていたようだ。
口に運ぶと、柔らかくて、香ばしくて――
「……うん、うまい」
ジョンはすでに満腹のようで、焚き火のそばでくつろいでいた。
しかし耳は、ぴくぴくと細かく動いている。
周囲の音に反応し、警戒だけは緩めていない。
「……さすが、野生の犬ってやつか」
その頼もしさに少し感心しながら、
ぽつりと付け加える。
「……あっさりテイムはされたけどな。」
焚き火の明かりに照らされた、高木とジョンの影が
並んで、揺れていた。
「うむ、美味い……和牛並みに美味いぞ、これ。
……で、これ何の肉だっけ?」
ふと疑問がよぎる。
思い返すと――謎肉だった。
「……怖っ。でもまぁ、美味いし……いっか」
割り切り力、レベル高め。
そんなことを思っている間に、太陽はすっかり沈んでいた。
焚き火の明かりが揺れ、背後の森は暗く静まり返っている。
空を見上げれば――
満天の星と、美しい惑星。
空に浮かぶ巨大な星、そのリングはキラキラと宝石のように輝いている。
それだけでも幻想的なのに、さらに――
空の一角には、まるでオリオン座大星雲のようなガスの渦。
その隣には、プレアデス星団のような青く連なる星々。
「……星空のトップ5、全部入りじゃないかこれ」
どこを見ても美しくて、まるで宇宙そのものに包まれているような感覚。
横を見ると、ジョンも空を見上げていた。
丸い瞳に星が映っている。
「……可愛いな、お前」
思わず、ジョンの頭を撫でる。
ナデナデ。
犬と一緒に、こんな星空を見上げる夜が来るなんて――
誰が想像しただろうか。
そして、眠気がじわじわと押し寄せてくる。
睡眠……あるよな、この世界にも。
というか、普通に眠い。
今日は色々ありすぎた。たぶん、一週間分くらい生きた。
ゆっくりとテントの方へ身体を向けながら――
ぽつりと声をかける。
「……さて、寝るよ、ジョン。」
ジョンは「ワン」と一声、まるで「おやすみ」と言うように答えた。
焚き火が静かに揺れる音だけが、夜の森に残っていた。
焚き火に、鍋に残ったお湯をゆっくりとかける。
ジューーーーー……
白い湯気とともに、細くて白い煙が立ちのぼった。
「……火事とか怖いからな。
ここ、消火器もないし」
煙が消えていくのを見届けてから、装備に手を伸ばす。
寝間着なんて都合のいいものは、さすがにない。
代わりに、初期装備の下着風の衣類に戻ることにする。
露出が多くて、ちょっと落ち着かないが、
倉庫にしまった服が汚れリセットされてますようにと願いながら、着替えを済ませる。
いそいそとテントに入り、熊の毛皮にくるまる。
「……この体、胴体と足の比率が違うから、動くたびに違和感すごいな……
慣れるんだろうか、これ」
そんなことを考えつつ、毛皮の感触に安心を得ていた。
「ジョン、おいで」
声をかけると、ジョンが素直にテントの中に入ってくる。
さすがに一緒に毛皮の中には入らないが、
ぴったりと高木の身体に寄り添うように丸くなった。
「……うむ、暖かい。良き良き。」
焚き火が消えても、テントの中にはやさしいぬくもりが残っている。
そして――
ウトウトする間もなく、一気に眠りについた。
ほんの一瞬だけ、ふとよぎる。
「起きたら、自分の部屋に戻ってたり……するのかな……」
もしそうだったら、それはそれで安心できるかもしれない。
でも――
少しだけ、残念な気もする。
ジョンのぬくもりを背に感じながら、
高木は、静かに深い眠りへと落ちていった。
朝が来た。
完全遮光型のテントの隙間から、わずかな光が滑り込んでくる。
濃紺だった夜空は、すでにやわらかな朝の色へと変わっていた。
外では、鳥のさえずりが響きはじめている。
静かだった夜が、穏やかに終わりを告げている。
テント内の空気はまだ少し湿っていて、冷たい。
肌に触れるその感触が、だんだんと意識を引き戻してくる。
「あ~……そういえば、テントで野営したんだったな……」
ぼんやりと思い出しながら、深呼吸。
体は軽く、疲れは感じない。
むしろ、内側から何かが湧いてくるような、新鮮なエネルギー感。
外を覗けば――
朝陽が草原を金色に染め上げ、
あたり一面に広がる露が、きらきらと宝石のように輝いていた。
「……あっ」
気づいた瞬間、言葉が漏れた。
寝相が――最悪だった。
毛皮布団はどこかへ吹っ飛び、
自分はというと、あられもない格好でテントの中に転がっていた。
「無防備すぎだろ……」
くるりと丸くなった自分の寝姿は、まるで脱け殻のよう。
それにしても、いちいち自分の体に驚くの、やめてほしい。
そろそろ慣れてくれ……頼むから。
「これ……お嫁に行けるのか?」
……行かないけど。
いや、お嫁さんは欲しい。
「この際、40過ぎでも全然アリだな……
っていうか、こっちからしたら40でもピッチピチだよ。マジで。」
異世界の空の下、
高木の朝は、現実感と妄想とほんの少しの切なさとともに始まった。
「あれ?……ジョンがいない」
ふと気づく。
毛皮の外にもいない。蹴っ飛ばして追い出しちゃったのか?
「ジョーン!」
テントの中から呼びかけると――
「ワン!」
すぐに元気な返事が返ってきた。
その直後、**ダッタッタッタッ――**と駆けてくる足音。
バサッ!
テントの布を押しのけて、ジョンが飛び込んできた。
「うわっ、朝日まぶしっ……閉めて、ジョン……って無理か」
眩しい朝の光の中、ジョンが勢いよく顔に近づいてくる――
そして、
「ベロベロベロベロ!!」
「うわっ、ちょっ、待っ――」
犬あるある。顔ベロベロ攻撃、発動。
「――っていうか生臭っ!!?!?」
高木、完全に目が覚めた。
ジョンの口元が……明らかに臭い。
しかも、よく見ると――口の周りが青く汚れている。
「お前、**なんか変なもん食べてきたんじゃないだろうな!?ジョン!!」
ジョン、ピタッと動きを止めて――
**クーンクーン……**としょんぼり声を上げる。
叱られたと思ったのか、耳をしおらしく伏せている。
「いやいや、叱ってるんじゃないんだよ……」
高木は慌てて手を伸ばし、
ジョンの頭を優しく撫でた。
「心配してるんだって、ジョン。
何か変なもんだったらヤバいだろ。毒とか……」
ジョンはしばらくクーンクーン言っていたが、
やがて尻尾を振りながら顔を擦り寄せてきた。
臭いけど、かわいい。
困ったけど、愛おしい。
この異世界で、高木にとって――
ジョンはもう、大切な“家族”になっていた。
ジョンが「ハッハッハッハッ」と息をしながら、
首をかしげてこちらを見ている。
よくある**“わかんないアピール”**ではない。
これは犬あるあるで、
左右の耳の距離感を変えて、音を正確に聞き取ろうとしている動作だと言われている。
「……とりあえず、水飲め、ジョン!聖水で清めよ!」
さらにポーションも混ぜて――
「いや、もう“聖水ポーションミックス”だ!飲め飲めッ!!」
用意されたボウルに顔を突っ込んで、
ジョンは「ガブガブッ!」と勢いよく飲み始めた。
口臭問題はこれでひと段落……かもしれない。
だが問題は――汚れ。
「……拭かないとダメだよな、コレ」
布とかボロキレ、そんな便利アイテムは残念ながらない。
しかたない、“アレ”を使うか。
クリスマスイベント限定でゲットした――
シルバーグレイのラメ入り、キラキラマーメイドドレス。
どう見てもロマンチック要素全開な装備品。
だが今、**使い道は“犬の顔拭き”**だ。
「……まぁいいや、これしかないし」
クリスマスイベント――
サンタが空からプレゼントを爆撃のように落とすイベントで、
地上は血で血を洗う争奪戦と化していた。
「クリスマスなのに殺伐としすぎだろ……ってツッコミは禁止でお願いします」
あの激戦を制して手に入れたドレスを、
今、ジョンの顔にゴシゴシッ!
「お利口さんだな、ジョン……じっとしててくれるの、可愛いぞ〜」
少し水で湿らせて、まずは青い血の部分を拭き取る。
続けて、乾いた部分で丁寧に乾拭き。
「キレイキレイ。よーしよしよし」
顔の汚れはしっかり取れた。
その代わり、ドレスは――
青い血でべっとべと。
「……捨てるか?」
ちょっと考える。
「……いや、倉庫に戻そう。
どうかリセットされていますように……!」
祈るような気持ちで、
高木は血まみれドレスをそっと倉庫に収納した。
「さて、朝ごはんにしようか」
「ワン!」
テントを開けて外に出る――
……と、そこで異様な光景に出くわした。
「……あ~、これ……お前がやったのか?」
テントのすぐ前に、ゴブリンが10体ほど山積みになっていた。
完全に**“盛られている”。**
その山の隣で、ジョンが得意げに
**「褒めて褒めて!」**と言わんばかりに尻尾をブンブン振っている。
「よしよし……よく守ってくれたな、ジョン。嬉しいよ、助かった。」
頭を撫でながらも、思わず付け加える。
「できれば……もうちょい遠くに置いてほしかったな……」
「ワン!」
分かったのか、分かってないのか、
とにかく嬉しそうに尻尾をさらにブンブン。
可愛いよ、ジョン。ほんと可愛い。
……でも。
「くっさ……」
あの生臭さ、ジョンの口だけじゃなかった。
このゴブリン山、原因だったか……
それにしても、これだけの死体の山があるのに、
他の魔物が寄ってこないのは不思議だ。
「……まぁ、そりゃそうか。
こんな“同胞の山”あったら、普通の魔物なら警戒するわな」
カラスの死体を吊るすと、
他のカラスがしばらく寄ってこないって話、昔どこかで聞いた。
都市伝説かもしれないけど、なんか納得してしまう。
「……とにかく臭い。移動しよう。朝食はその後だ」
焚き火も、肉も、今はムリ。
ふと、そんな中で思い出す。
――犬という存在。
犬は、人類最古のパートナーとも言われている。
考古学的な調査では、
古代の遺跡から人間と犬の遺骨が一緒に出土することも多い。
彼らの存在は、夜の見張りとなり、
人間が安心して眠れるようになった。
それがやがて、定住へ、農業へ――
文明の始まりにすら関わっていた。
特に牧羊犬は、家畜の誘導・保護に優れ、
人間の生活に深く根付いてきた。
日本の水墨画にも、子犬がたびたび描かれている。
その愛らしい姿は、昔から人々に寄り添い、愛され続けてきた証。
つまり――
犬は、可愛い。
そして、何よりも大切な、友である。
「……お前は、ほんと可愛いな、ジョン」
「ワン!」
誇らしげなその鳴き声に、
高木は、思わず笑ってしまった。