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page.3『昼休み、学食にて。相席はご遠慮します。』

 翌日。

 その日の全ての授業とホームルームを終えた、放課後。


 チャイムを合図にして、活気に溢れはじめたクラスメイトをよそに悠羽ゆうはは身支度を済ませる。教室を出た悠羽はそのまま昇降口には向かわずに、学食の校舎に通ずる渡り廊下を訪れた。


 学食の建物、その入り口付近に設置された自販機でペットボトルの緑茶を購入する。


 その足で、悠羽は中庭のベンチに腰を下ろした。ペットボトルの緑茶をひと口飲んだあとで、鞄から取り出した文庫本を開く。しおりが挟まれたページまで飛ばし、途中の文章から目を走らせはじめる。


 けれど、その目は上っ面をなぞるだけで意識はそこにはない。ぼーっとしたまま、悠羽の視線は同じ行を往復している。


 そのため悠羽は、すぐに文庫本を閉じるとそれを鞄にしまい、立ち上がると中庭をあとにした。


 今度はその足で、同じ校舎の三階に位置するとある教室を訪れる。旧文芸部部室と記載がされた空き教室に。



 遡ること――昼休みの時間。


 四時間目の授業を終えて昼休みを迎えると、悠羽は腹ごしらえのために学食の校舎に出向いた。


 学食の建物を訪れた悠羽は、初めに出入り口を抜けたところに設置された食券を購入するための自販機の前で足を止めた。

 三台の食券販売機が並ぶ中で一番左の自販機から伸びる短い列に悠羽は並んだ。


 悠羽はそこで、自販機が並ぶその壁の上部分に書かれた学食のメニューに目を向ける。


 この高校の学食で名物と言えるのは、主に男子生徒からの絶大な人気を集める『からあげ丼』で、その他にもメニューの種類は豊富にある。

 例えば、定食の類ではチキンカツ定食にブタの生姜焼き定食、ハンバーグ定食。それとからあげ丼でも使われる、からあげ定食など。


 他には、丼ぶりものの類で言えば親子丼やカツ丼、天丼など。天ぷらうどんや月見うどん、肉そば、あとはしょうゆと味噌味のラーメンに、パスタの類などと麺類も豊富に存在する。


 全てのメニューを合わせれば、三十種類以上はあるのだろう。用意されたメニュー表は居酒屋のメニューのようにみっちりと書き込まれてある。これならば毎日学食を通ったとしても飽きなそうだ。


 そんな豊富なメニューがある中で、悠羽はメニューの端から端までざっと目を通した上で、人気ナンバーワンのからあげ丼に決定した。週に二、三回の頻度で注文したくなるほどにはお気に入りのメニューだ。


 やがて、悠羽の前の生徒が食券を購入し終わると、順番は悠羽にやってくる。


 順番が回ってくると財布から出した千円札を一枚、機械に放り込む。途端に、機械のボタンたちが元気を取り戻したかのように明かりが点り出す。


 悠羽は『からあげ丼』と値段が表示されたボタンを押し込む。すると、機械からはお釣りの小銭と同時に、別の口から『からあげ丼』と文字が印刷された一枚の食券が出てきた。


 その食券を食券販売機から逸れた場所のカウンターに構える学食の受付に渡す。すこしの待ち時間の後、

「はい、からあげ丼ね」

 と、からあげ丼のどんぶりと付け合わせの味噌汁、それとちょこんと盛られた漬物たちが乗せられたおぼんを渡された。


 それを受け取ると、悠羽は受け取り口のすぐそばにあるウォーターサーバーで紙コップに飲み水を入れ、壁から伸びるように生えた四人分の椅子が用意された席を確保した。


「いただきます」


 両手を合わせて誰にともなくそう言うと、悠羽は目の前で空腹を刺激してくる出来立てほやほやのどんぶりの唐揚げを箸で摘まんで、それを豪快に口に運んだ。

 特製のおろしポン酢が上から浴びせられた唐揚げは、ポン酢の存在を否定するかのようにザクリと音を立てた。中身のモモ肉はジューシーな仕上がりで実に美味しい。


 サクジュワな仕上がりの唐揚げを噛みしめて味をまずは堪能したあとで、そこに唐揚げの油とポン酢がしみ込んだ白米を放り込もうと箸で持ち上げた。


 すると、それと同時に、悠羽の座る目の前の席に、学食のメニューである天ぷらうどんが乗せられたおぼんが置かれた。


 唐揚げを咀嚼する口と白米を持ち上げる箸を持った手を止めた悠羽は、箸を握る手を下げながら目の前に置かれた天ぷらうどんから視線を上げて、テーブルを挟んだ正面の主を視界に捉える。

 その正体は、藤宮ふじみや空澄あすみ


「他にも席あると思うんですけど?」


 視線を即座にからあげ丼へと戻した悠羽は、目の前の空澄に向けて抗議の言葉を投げ付ける。


 しかし、空澄はそんなことなどお構いなしに悠羽の前の席に座る。そのまま、

「いただきます」

 と、行儀よく手を合わせた。


 それから天ぷらうどんの器を持ち上げて、うどんのだし汁をひと口すする。昆布やカツオ節などの香りが正面に座る悠羽の鼻腔をくすぐる。


 続けて、今度はシンプルなかけうどんの上に添えられた一本の大きな海老の天ぷらを口に運んだ。だしが染み込んだ天ぷらは音を立てずして口の中に放り込まれる。


 それを咀嚼する空澄は箸で数本のうどんを持ち上げた。


「ねえ、昨日のあれはもう読んでくれた?」


 白米を口へと運ぼうとする手がまた止められる。


「……読んでませんけど」

「一ページも?」

「はい」

「一行も?」

「一文字も読んでません」


 ようやく白米を口にした悠羽は丼ぶりから顔を上げる。すると、うどんを咀嚼する空澄と目が合う。


 悠羽は逃げるように、付け合わせの味噌汁をひと口ふくむ。味噌汁のやさしさが唐揚げの油分を口の中から流してくれる。


「それはどうして?」

「僕は読みます、なんて一言も言ってませんから」


 悠羽の言葉に、空澄はエビの天ぷらと一緒に添えられたかき揚げを箸で持ち上げる。玉ねぎににんじん、ごぼう、三つ葉で構成されたオーソドックスなかき揚げ。


「まぁ、それもそうね」


 意外にも納得してくれると、かき揚げに大きくかぶり付く。


「それに、あれを渡されたのだって無理矢理でしたし」

「無理矢理にだなんて人聞きが悪いわね?」

「別に間違ってはないですけどね。それにもっと言えば、僕の忘れ物の本を人質にして、でしたけどね?」

「だったら、あの場合だと人間じゃなくて文庫本だったから本質になるんじゃないかしら?」


 そんな冗談を口にした空澄は構わず、うどんをちゅるちゅると啜る。美味しそうに、満足そうに咀嚼してゆく。


 すこしの間、丼ぶりに盛られた食べ物に意識を向けるふたりの間に沈黙が積もる。


 悠羽は唐揚げと白米を一緒に放り込んだあとで、また会話を試みてみようと口を開く。


「あの」

「なに?」


 悠羽の呼びかけに空澄は視線だけをよこす。


「一体、何が目的なんですか?」

「なにが目的って?」

「もちろん、僕に自作小説あれを渡した目的です。あんなことをしてまで読ませようとするんですから何かしら、目的があるんじゃないんですか?」


 悠羽がぶつけた疑問に対して、器を持ち上げた空澄はうどんのだし汁を飲む。そのあとで、

「自分が書いた小説を誰かに読んでもらいたい、それでもってその人から感想を聞きたい。そう思うことは至って普通のことだと思うのだけれど?」

 と、淡々と答えた。


「……」

「それにこれは昨日、君には話したはずだよ?」

「本当にそれだけですか?」

「どうしてそう思うの?」


 悠羽はそれに対して、「それは……」と、わかりやすく言葉を詰まらせた。『読んでません』とさきほど言い切ったばかりで、小説を読んだためとは言えるはずもない。


 そのためすぐに、悠羽はまた別の話題へと移り変わらせた。


「じゃあなんで僕なんですか? 僕に渡した理由はなんですか?」

「私が好きな作者とその小説を、君が読んでたからよ」


 それも昨日、空澄の口から聞かされたことだ。けれど、悠羽の疑問はやはり晴れはしない。


 そこで一旦、会話は途切れるとふたりともが唐揚げを、うどんを口へと運んだ。


 悠羽と空澄が座るテーブルではその後、会話は交わされることなく昼休みの時間は進んでゆく。


 やがて、天ぷらうどんを空澄は先に完食した。


 ごちそうさま、と誰にともなく空澄は言う。すると、

「さっきの話の続きだけど、今日の放課後とかに。それでどう?」

 と、残りひとつの唐揚げを口に運ぶ悠羽に向けて投げかけた。


 唐揚げを咀嚼するだけの悠羽に対して、うどんのだし汁までを綺麗に飲み干した器を乗せたおぼんを手に席を立った空澄は、言葉を続けた。


「なら放課後、旧文芸部部室の空き教室にね」


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