last page『僕が選ぶストーリーと、君が望む結末を込めて。』
時刻は午後十六時前。
要するに、放課後。
グラウンドの方面からは運動部の掛け声のようなものが聞こえ、遠くの方からは吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる放課後の空き教室の中で、悠羽の目線の先にはスマホの画面があった。
そこに映し出されるのは、メッセージアプリのトーク画面。
相手は、空澄。
――『明日の放課後、時間を作ってもらえませんか?』
――『藤宮さんのパソコンを預かったままなので』
これは、昨日、京子とのメッセージのやり取りが済んだあとで、その日の内に悠羽が空澄に送信したメッセージの内容。
悠羽が送信したメッセージに対する空澄からの返事は『わかった』と、淡々とした一言のそれだけ。それから悠羽は、場所の指定として特別棟三階の旧文芸部の部室を提示した。
そのため、帰りのホームルームが済んだあとの今現在、悠羽は昼休みにも足を運んだ空き教室を訪れたのだ。直近では三回。今回で四度目となる。本当に最近はよくお世話になる教室だ。
「……」
メッセージアプリを閉じて時間を確認したあと、画面を消したスマホを悠羽はズボンのポケットに突っ込むと、見るとはなしに外の景色に目を向けた。
するとそこに、中途半端に開けっぱなしのままだった教室のドアの向こう側から、廊下を進むひとりの足音が聞こえた。その足音はだんだんとこの空き教室に接近してくる。それから、足音はドア付近で一度止まった。
そこで、悠羽は廊下側を振り返る。
廊下から教室のドア口に姿を見せたのは、空澄だ。
「もしかしたら帰ったのかと思いました」
少し警戒したような様子で空澄はドアを閉めながら教室に入ってくると、そのまま部室中央のテーブルの脇で歩みを止めた。
「『わかった』って返信はしたんだからくるのが当然でしょ。それに、さすがに君にパソコンを預けてたままじゃ、私も、君も困るでしょ」
淡々とした声のトーンで空澄は真っ当な理由を口にする。
「ま、そうですよね」
そう返しながら、悠羽は自分の鞄と並べて椅子の上に立てかけておいたトートバックを持ち上げた。中身はもちろん借りたノートパソコンとその充電器。
「パソコン、ありがとうございました」
右手に掴んだトートバックを悠羽は空澄に差し出すと、それを空澄は受け取ろうと素直に手を伸ばした。
しかし、その手は、悠羽が意図的に空澄の手から逃げるようにしてトートバックを掴む手を逸らしたことで、空澄の手は見事に空を掴み取る羽目となった。
そんな悠羽の突然の行動に、伸ばした手をゆっくりと下ろした空澄が、
「どう言うつもりなの?」
と、怪訝な眼差しを向けてきた。
「この構図、あの日の放課後に似てますね」
「それがなによ……」
「これを藤宮さんに返す前に、僕からひとつだけいいですか?」
「なに?」
「藤宮さんに見てもらいたいものがあるんです」
そう前置きをすると、悠羽は逃がしたトートバックの中からノートパソコンを取り出した。そのままトートバックは椅子の上に戻して、ノートパソコンはテーブルの上に置き、本体を起動させる。
デスクトップ上に並ぶ複数のファイルの中から自分で作成したファイルを選んで、自作したプロットのデータを映し出す。
それから、悠羽はパソコンの前から少し横の方にずれると、先程からパソコンを操作する様子を疑問の表情を浮かべて見据えていた空澄に対して、パソコンの画面を見るよう目で促した。
「……?」
ますます疑問を深めた空澄が、ゆっくりとパソコンの前に進み出る。そして、まずはパソコンの画面に視線を落とす。すると、
「なによ、これ……」
と、悠羽の真意を探るように、困惑を顔に滲ませた空澄が悠羽を見た。
「小説のプロットです」
「それは、見ればわかるわよ。私が聞きたいのはそうじゃなくて……どうして君が、これを書いてるの……?」
「……」
「君にお願いしたことは、もう取り下げたはずよね……?」
「そうですね」
「だったら、どうして……?」
それは小さく空澄の口からこぼれた。
「どうして君は、これを書いたの……?」
視線を落とすように、パソコンの画面に目を向けた空澄がそう繰り返す。
「僕にもう一度、藤宮さんの小説を書かせてほしいからです」
悠羽はパソコンの画面に映るプロットを一瞥したあとで、真っすぐに空澄の方を見てはっきりと言葉にした。
「……」
ぴくりと、空澄の眉が動く。
悠羽の言葉に反応して、空澄の目が驚きで見開かれた。顔を上げた空澄がわずかに悠羽のことを視界に映す。だけど、すぐさま逃げるように空澄は視線を背けた。
「……言ってる意味が、わかんない……」
「……」
「君が、私のためにそこまでする理由は、なに? そこまでする理由が、君にあるはずがないでしょ……?」
「理由なら僕にもありますよ」
「え……?」
視界の端に悠羽のことを映すように、空澄が顔を動かす。
「僕は、藤宮さんの書く小説が好きなんです」
悠羽は真っすぐに空澄を見据えた。
「……冗談、やめてよ……」
「少しも冗談なんかじゃないですよ」
そう言葉を返した悠羽は、構わず言葉を続ける。
「だからこそ、僕は読んでみたい」
「なにを……?」
ゆっくりと空澄が悠羽を視界の中央に捉える。
「藤宮さんが本当の意味で完成させる小説をです。もしも、僕の書いた小説で藤宮さんが『恋』を知れたとして、その上で書く小説を。僕は、それが読んでみたいんです」
「……」
悠羽が書き上げた小説のプロット、その物語のメインヒロインはもちろん、『藤宮空澄』をモデルとしたキャラクターだ。
ヒロインの性格も。
ヒロインの雰囲気も。
ヒロインの容姿そのものも。
悠羽が知る限りの彼女の情報で、全てを『藤宮空澄』に似せた。それがこの小説のメインヒロイン。
「だからこれは、そのために必要なプロットなんです」
パソコンの画面に悠羽は視線を移す。それに倣って、同じく空澄の視線もパソコンの画面に映し出されたプロットに向けられた。
しばらく沈黙が流れたところで、
「無理よ……」
と、小さく空澄がもらした。
「私には無理……」
声のボリュームはあまり変わらずのまま、空澄がそう続ける。
「それは、僕が記憶喪失だからですか?」
そんな空澄に、悠羽はそう告げた。
空澄が両手をぎゅっと握る。
「……そうよ。それもある。だけど、それ以前に、私には小説が書けないのよ……?」
「……」
「都合がよすぎるのは理解してる。でも、やっぱり事情を知ってしまった以上は、君のことを巻き込むことができない……」
「……」
「それに……もし、君が小説を完成させたとしても、私は、君が望むものを返せない……」
俯くように、空澄が視線を自分の足元に落とす。
「最初はたしかに、僕は藤宮さんからの強引な頼みで小説を書くことになりました。だからこそ、藤宮さんには巻き込んだなら、最後まで責任を取ってもらわないと困ります」
「……」
「だから僕にもう一度、藤宮さんの小説を書かせてください」
ゆっくりと顔を上げた空澄と目が合う。
「藤宮さんのためにも。僕のためにも」
空澄は『恋愛』を知るために。
悠羽はその上での藤宮空澄が書く小説を読むために。
「……」
沈黙のまま、視線を悠羽から逃がした空澄の目がパソコンの方に向けられる。
すると、パソコンの前の椅子を引き、そこに空澄は腰を下ろした。パソコンのタッチパットの上にそっと右手を伸ばして、そのまま指をすべらせはじめる。
画面には悠羽が作成したプロットの文面がずらりずらりと流れてゆく。
そのまま一度、最後ぼ文章まで目が通されたところで、また最初のページに戻される。すると、
「この小説のヒロインのモデル……私、なのよね?」
と、パソコンの画面を見たままの空澄がそう口にした。
「はい」
「君から見た私って、こんな感じなの?」
悠羽が創作した物語のヒロインは、自由奔放で、身勝手でありながらも、密かに物語のような恋愛に憧れる純粋な少女。
それが、この小説のヒロイン。
悠羽が知る限りの藤宮空澄に仕上げたつもりだ。
「まんまですよ」
「そうなんだ」
小さくも空澄はくすりと笑みをこぼす。
「文句があるならもっと僕に、藤宮さんのことを教えてくださいよ」
「そうね」
電源を点けたままのノートパソコンの本体を空澄がぱたりと閉じる。そして、
「君にそこまで言われたら、私だって諦められなくなる」
と、席を立ち上がった。
それから、悠羽を振り返る。
「そこまで君が言うんなら、君が、私の小説を書いてよ」
閉じたノートパソコンの本体を持ち上げて、空澄がそれを両手で悠羽に差し出す。
悠羽は差し出されたノートパソコンを一瞥したあとで、素直に手を伸ばした。しかし、その手はノートパソコンを掴み取れなかった。手のひらに収まったのは空気。意図的に、空澄が悠羽の手からパソコンをそらしたからだ。
「お返しよ」
にやりと、勝ち誇ったように微笑む空澄はこの上なく満足げだ。その表情ははじめて見るものだった。
「私に、君が恋を教えてね」
その言葉とともに、ノートパソコンが再び空澄から差し出される。今度こそ、しっかりと悠羽はパソコンを受け取ることができた。
「それで君が、私の初恋の人になるの」
初恋の人。
悠羽の耳にはそう聞こえた。たしかに……。
「え……?」
まさかの発言に、悠羽は危うく受け取ったばかりのノートパソコンを落としそうになった。正確には片手から一瞬だけだがパソコンが離れたのだが。
当然のように、悠羽は面食らった。表情には困惑が滲む。
その反応を見て、ますます空澄は満足げに微笑んだ。
この物語の結末は、まだ決めれそうになさそうだ。
それでも、選んだストーリーが、最後は望む結末を迎えるように――。
最後までお読みいただきありがとうございました。
未定ではありますが、次回作もどうかよろしくお願いします。




