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page.10『プロローグ』

 駅のホームに取り残された悠羽ゆうはがあれから、ひとり電車に揺られて自宅に帰ったのは、すっかりと空が夜の顔をしはじめた午後六時過ぎだった。


 悠羽は玄関から真っ先に自室に向かうと、部屋の電気すら点けずにベットの淵に座り込んだ。どっとした疲れが、そのまま悠羽の身体をベットの上へと誘うようにして倒れ込ませた。


 そこでふと、悠羽の視界のすみに、机の上にひらっきぱなしの状態で置かれたノートパソコンが映り込んだ。

 昨日の夜に作業をしたあと、本体を閉じ忘れたのだろう。


「返さないとか……」


 身体を起こしながら、悠羽はそんなことを呟くとベットから立ち上がる。そして、ノートパソコンの前に座って電源ボタンを押した。

 液晶画面はすぐに光を宿しはじめ、初期設定のデスクトップ画面に移り変わる。


「……」


 デスクトップはシンプルで、左側に整頓されたブラウザや複数の名前付きファイルなどがあるだけ。その中から悠羽は、自身で作成した『小説代行』と名付けたファイルにカーソルを重ねると、それを画面左上に置かれたゴミ箱のアイコンの上まで運ぼうとノートパソコンのタッチパットを指で操作する。


 そのまま、悠羽はファイルデータをゴミ箱の中に放り込もうと、掴んだ状態のカーソルを画面左上に持ってゆく。


 しかし、ゴミ箱のアイコンの上にファイルを掴むカーソルが重なる直前で、悠羽はノートパソコンのタッチパットに触れる右手をぴたりと止めた。


「……」


 小説を書きはじめたのは、空澄に頼まれたから。それだけ。

 だけど、それすらも空澄から取り下げられた。それゆえに、悠羽にはもう小説を書かなくてはいけない理由はない。

 このデータも必要ない。


 そのはずなのに、ファイルを捨てることに対して躊躇いがそれを邪魔した。


「……」


 悠羽はカーソルで掴んだままのファイルを、ゴミ箱のアイコン付近から退けると適当な位置にファイルを放す。


 それからそのまま、悠羽はパソコンを操作すると『恋愛小説』と名付けられたファイルにカーソルを重ねてダブルクリックをした。このファイルを作成したのは空澄あすみだ。

 中身は悠羽も読んだことのある小説のデータ。

 悠羽があの日、放課後の教室で空澄から無理矢理に渡された小説。


 ファイルの中には複数に分別されたデータたちがあり、その中で悠羽は『本文』の中身を開こうとダブルクリックする。


 すると、画面一面に原稿用紙で渡された小説の本文がそのまま映し出された。


 一度は読んだことのある小説。

 物語は二ページほどのプロローグで始まる。


 悠羽はその小説に意識を向けると、びっしりと綴られた文面の上に目を走らせはじめた。


 これで、藤宮空澄の小説を読むのは二度目。

 平凡な主人公がある日、空き教室でヒロインと遭遇を果たす。そこで主人公はヒロインから『疑似恋人役』の提案をされる。


 その先の展開はすべてわかる。


 主人公の決断も。

 葛藤も。

 明かされるヒロインの秘密と悩みも。

 物語の終わり方も……。


 この小説に欠けた『要素』も。すべて。


 物語の内容を振り返るように、すらすらとスクロールさせた画面が最後の部分でぴたりと止まる。物語は途中段階だが、作品としてここで終い。


 パソコンの画面を見据えたままの悠羽は、ゆっくり椅子の背凭れに身体を預ける。


「……」


 しばらく画面とにらめっこを交わしたところで、悠羽は小説のデータのウィンドウを閉じた。それからデスクトップ上に適当に置かれた『小説代行』のファイルのアイコンまでカーソルを運んでゆく。先程、自分でゴミ箱に捨てようとしたファイルが開かれた。


 ファイルの中から作成途中のプロットのデータを画面に表示させる。椅子を座り直して、悠羽はキーボードで途中の部分から文字を打ち込みはじめた。


 未完成のプロットを仕上げるために。


 主要人物の主人公とヒロインのふたりはどんな性格なのか、どのような特徴があるのだとか、どんな関係性で物語がはじまるのか。それらをはじめに付け加えてから、それを軸にストーリーを組み立ててゆく。


 文字を打ち込む手はすらすらと進み、文字数はすぐに一万文字強に達した。


 主要人物の設定とおおまかなストーリー作りがひと段落したところで、悠羽は机の隅に置かれたスマホに手を伸ばすとメッセージアプリを起動させる。友達欄に並ぶ名前の中で悠羽はとある人物の名前を指で触れた。


 文字を打ち込んで、メッセージを送信する。


 内容は、

『明日の昼休み、時間もらえますか?』


 それに対しての返信はすぐにきた。


『お昼よろしくね』

 と。

 強制的なパシリ宣告のメッセージだったが……。


 その内容に呆れ交じりのため息をもらした悠羽はスマホを机の上に戻したあとで、パソコンに向き直るとキーボードを叩くのを再開させた。


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