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page.1『クラスメイトからの脅し』

 この作品は全十二話構成の短編です。

 文字数は約40,000文字です。

 更新は予約投稿で行います。


 この物語は、もともと公募に出す用にストーリーを考えたので、物語の展開はかなりハイペースなものになります。あらかじめご了承願います。


 よければ作品のフォローや評価などしてもらえると励みになります。


 その日、樫井かしい悠羽ゆうはは放課後が訪れたことを告げるチャイムが鳴ると、そのまま教室を出て図書室に足を向けた。 


 待ちわびた放課後に活気に溢れる学生が行き交う廊下を進んで、悠羽は教室棟の二階から伸びる別棟への渡り廊下を進む。図書室があるのはこの渡り廊下を進んだ先にたどり着く特別棟、その二階。


 渡り廊下を進みきれば、図書室の出入り口が左手に現れる。ドアは換気のためかすこしだけ開けられてある。


 悠羽はドアを開けて、図書室の室内に足を踏み入れる。


 室内は冷房のおかげで涼しく、快適だ。


 出入り口から左の貸し出しカウンターには図書委員の姿は見られない。司書さんの姿すらも見られず、貸し出しカウンターの奥に設けられた部屋からも気配は感じられない。読書スペースに並ぶテーブルにも、まだ悠羽以外の他生徒の姿は伺えなかった。


 貸し出しカウンターの脇に陳列された『ご要望の作品たち』と宣伝される本棚と作品アンケート用紙とそれを入れる用の箱を横目に、悠羽は足音がよく響き渡る物静かな空間を進む。


 図書室のスペースの七割ほどを占める本棚がずらりと並ぶ間を縫い、文庫サイズの本が陳列されたコーナーの前で足を止める。

 それは所謂、ライトノベルやライト文芸と部類されるものが並ぶ本棚。


 ライトノベルやライト文芸が陳列されたエリアの広さは、身長175センチほどの悠羽よりもすこし低めの本棚が横に四台分のスペース。その四台分の内、八割をライトノベルが占め、後の二割をライト文芸が占める。

 出版社別に分けられた上に、五十音順できちんと整頓された本棚の全体を、悠羽は左の本棚から順に目で追う。


 すると、そこで悠羽の目にふと留まったのは、悠羽からすればよく知る作者の名前、それと見覚えのある小説の数々。


 左から二番目の本棚、その三段目と四段目を仕切る板をとっぱらったような広めのスペースには『図書委員のおすすめ新作小説‼』と、大多数の生徒が目に留めるであろうポップとともに、図書委員の生徒たちによりピックアップされたとある小説が並ぶ。先月末に発売されたばかりの最新作。

 全体的のカラーは青色が一色で、タイトルや作者名は白色で綴られた背表紙が特徴のライトノベル。


 作者の名前は『渡良瀬みやこ』。

 作品のタイトルは『季節変わる、恋と嘘とカノジョ。』。


「さすがは、在校生作家さんだな」


 おすすめと紹介される新作の小説と同じ段には、同様の作者の過去の作品の数々が関連として陳列されている。それらの作品を悠羽はすべて読んだことがあった。自室の本棚にも全作品がある。要するに、悠羽はこの作者のファンなのだ。


 悠羽は新作小説とポップアップで説明された小説を、本棚から一冊抜き取ると表表紙のイラストと裏表紙に記された作品のあらすじに目を走らせた。そのまま目次とプロローグが綴られる一ページ目を捲る。


 簡単なあらすじとしてはこうだ。


 物語の主人公はその日、数年前から疎遠だった幼馴染のヒロインとの再会を果たす。しかし、主人公は再会したカノジョにどこか違和感を覚える。

 そんなふたりの再会で動き出す、彼とカノジョの恋の物語。


 登場する主要人物は主にふたり。

 高校二年生の主人公――安芸宮あきみや紅太こうたと、

 その幼馴染のカノジョ――千燈せんどう千春ちはる


 物語は、主人公の紅太のスマホに、疎遠だった幼馴染の千春からとあるメッセージが届くプロローグから始まる。

 紅太と千春はまだふたりが中学生のときに、千春側の父親の仕事の都合による転勤のより離ればなれになる。それから程なくしてふたりは疎遠状態になってしまう。


 そんな千春《幼馴染》からの連絡。


 メッセージには、再会を果たせると言う内容が見られ、その内容に喜びを見せた紅太はその日の内に千春との再会を果たすのだった。


 けれど、裏表紙に記載された物語のあらすじの最後には、ヒロインには主人公に隠そうとしたなにかしらの秘密があるのだと……。



「……」

 四ページほどのプロローグを読み終えた悠羽はそこで一度、文庫本から顔を上げた。貸し出しカウンター側の壁に設けられた時計に目を向ける。


 放課後を迎えてから十分程度が経過した現在、図書室には悠羽以外の生徒がちらほらと増えた。貸し出しのカウンターの場所には図書委員の二年生の女子生徒の姿が見られる。図書室の二割を占める読書スペースのテーブルにも、悠羽と同じく図書室に並ぶ本を広げる生徒や、教材と大学ノートを広げて勉学に勤しむ生徒などと様々だ。


 そこでふと、悠羽はあることを思い出した。

 教室の机にあるものを忘れたと……。


『第一章』の始まりの部分で開く文庫本をぱたりと閉じた悠羽は、ため息をもらしながら本棚にそれを戻すと図書室をあとにした。


 部活動に所属するそれら以外の生徒の姿がほとんど見られないような時間帯。

 がらんとした静けさに包まれた廊下には、時折、グラウンドの方面からそれぞれの部活動に勤しむ生徒たちの声だけが厚みのある膜に通したようにくぐもって聞こえた。


 特別棟から教室等に続く渡り廊下を進む。そこを渡り切れば、悠羽の所属する二年一組の教室にはすぐにたどり着ける。

 黒板側のドアは通り過ぎ、そのまま後方のドアの前で足を止めた悠羽はドアを開けようとする。けれど、その手はドアを開ききるすこし前で止まった。


 夕日に照らされた教室の一席に座る、ひとりの女子生徒の姿が悠羽の視界に収まったからだ。


 横を向けばグラウンドを見渡せる教室の窓に接した最後列の席に、その女子生徒は一冊の文庫本を広げている。どうやら読書中のようだ。


 すらりと伸びる細い手足に、端正な顔立ちをした小さな顔は開かれた文庫本のページに向けられる。腰まで流れるキレイな髪。学校指定により学年でそれぞれ色が識別される制服のスカートからは、五月の季節感からはやや外れた黒のタイツに包まれた両足が伸びる。


 本を手にした彼女のその様子は、まるで映画のワンシーンのように、悠羽の目には映った。


 それ故、ドアに伸ばした腕がだたりと重力に負けて落ちた。


「……」


 放課後の教室で美人な同級生の女子とふたりっきり。それはまるで小説の物語にありがちで、年頃の男子なら誰もが羨むような状況にはあるが、悠羽には別にわざわざ彼女に話しかけるような理由も度胸も持ち合わせてはいない。


 さっさと忘れ物だけを回収して教室をあとにさえすれば、彼女と会話を交わすことなくこの場を去れる。そのはずだった。本来ならば……。


 悠羽には彼女と会話を交わさずにこの場を去ることが無理な理由が存在した。


 それは、彼女の座る席が本来は悠羽が座るはずの席なのだから。

 

 彼女は同じクラスの女子生徒。

 名前は、藤宮ふじみや空澄あすみ

 この学校で知る人ぞ知る有名な生徒だ。


 端正な顔立ちから男女問わず目に留まる存在な彼女。けれど、噂ではこれまで誰ひとりとして相手にされたことがないのだとか。告白をされたこともあるそうだが、全員の男子生徒が相手にもされずに断られたらしい。


 知る人ぞ知る有名な彼女。

 つまりは、『藤宮空澄』を有名とさせる所以は学校における彼女の自身の状況にあるのではないかと思う。


 悠羽は再びドアに手を伸ばすと、開けて教室に入る。それから足を止めずに空澄が座る、自身の席の脇まで接近した。


 このまま机の中から忘れ物だけを回収して、はいさよならするのは、その方が不自然だろう。よって、この状況下で悠羽が取らされる行動は声をかける以外にない。


「なにしてるんですか?」


 悠羽はまずそう訊ねるが、空澄は文庫本から顔を上げようとすらしてくれない。


「ここ、僕の席なんですけど」


 続けて、悠羽は訊ねる。

 すると今度は、文庫本から顔を上げてくれた空澄は座ったまま、机の脇に立った悠羽のことを見上げた。


「知ってる」


 そこではじめて反応を示した空澄だったが、また文庫本のページに視線を戻してしまわれる。


「君を待ってたから」


 文庫本に視線を向けたまま、空澄の口から放たれたのは、そんなサプライズじみた言葉。けれど、そのサプライズには喜びは生まれない。代わりにそれに対して、悠羽の頭の上には見事なクエスチョンマークが浮かび上がった。


「……は?」

「これを忘れてたみたいだったから君が取りに戻ってくると思って」


 悠羽の疑問に、空澄は開いていた文庫本を閉じるとそのままそれを主人公に見せるように持ち上げながらそう付け足した。


 悠羽の視線は自然とそちらに向けられる。


 それはたしかに、悠羽が机の中に忘れた物。今しがた取りにきた目的物だ。著者、渡良瀬みやこのライトノベル。


「ねえ」


 文庫本から空澄に視線が戻される。


「君、小説好きなんだよね?」


 言葉を続けた空澄は、文庫本を持った手を引っ込める。


「私も好きなの小説。特にこの作品と同じ渡良瀬みやこ(作者)の小説が」

「……」

「そんな君に、私から『お願い』したいことがあるの」

「お願い?」


 文庫本を手にしたままの空澄は席を立ち上がると、本来、自分が座るべき席の前まで移動した。そこで、机の上に置かれた自身の鞄の中から紙の束のようなものを取り出した。クリップで纏められた原稿用紙サイズの紙の束。

 それを手にした空澄は、悠羽の前まで戻ってくるとなにも言わずに、原稿用紙の束をこちらに差し出してきた。


「君には、これを読んでほしいの」


 付け足された説明に、悠羽の視線は差し出されたそれに向く。


「これは私が自分で書いた小説。君には私の自作小説を読んでもらって、それで感想を聞かせてほしいの」


 悠羽は差し出されたそれを受取ろうとはしない。


「受け取ってくれないのなら、これは返せないかもよ?」


 すると、空澄はもう片方の手に持たれた文庫本、すなわち悠羽の忘れ物である文庫本をちらつかせた。


 悠羽はそれでも受取ろうとはせずにふたりの間には沈黙が積もる。


 そんな悠羽を見兼ねた空澄は、受け取れと言わんばかりに手にする小説の原稿をグイッと悠羽の胸元に目がけて押し付けた。


 そのせいで悠羽は反射的にそれを受け取ってしまう羽目になってしまった。


 押し付けられた原稿の上から空澄は続けて、悠羽の忘れ物である文庫本を差し出す。それから、空澄は自分に席の鞄を回収して、そのまま教室を出ようとする。


 しかし、ドアを前にしたその直前で空澄は悠羽を振り返る。すると、

「渡したそれ、きちんと最後まで読んでね」

 と、念を押すように告げた。


「……」

「内容がどうであれ、ね」


 廊下に出るのと同時に、そんなことを空澄は悠羽に対してしっかりと聞こえるようなボリュームで最後に口にした。


 取り残されたのは悠羽ひとり。それと、無事に返された忘れ物の文庫本と、クラスメイトの女子から強引に渡された小説の原稿だけだった。


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